界面駭客日記(28) - Flashアプリケーション 増井俊之


MacroMedia社のFlashシステムを使ったアプリケーションが増えています。 Flashはこれまで、 Webブラウザの上で見栄えがよく動作が軽いアニメーションを表示するための システムとして普及が進んできたため、 どちらかというとプロトタイピングのための 紙芝居システムのように考えられており、 商用のアプリケーションを構築するためのものとは あまり考えられていませんでした。 実際、古いバージョンのFlashではアニメーションや紙芝居を 作るのがせいぜいでしたが、 最近は大きく事情が変わってきており、 Flashは規模の大きなアプリケーションでも使われるようになりつつあります。

Jacob Nielsenの「Flash有害説」

グラフィカルユーザインタフェースや Webサイトのユーザビリティの専門家として有名な Jacob Nielsen氏は、 彼のWebサイト[*1]上の 連載コラム「AlertBox」[*2]において 2000年10月に 「Flash: 99%有害」 という記事を発表しました[*3]。 Nielsen氏は 「Flash: 99%有害」の中で、 Flashの以下のような問題を指摘しています。 AlertBoxはWebの黎明期の1995年から隔週で連載されているコラムで、 ユーザビリティ工学の専門家としての長年の経験にもとづく 多くの知見や意見が述べられています。 Flash有害説より以前にもNielsen氏は、 「フレームは有害である」 「通信帯域を無駄に使うな」 「誰もスクロールなんかしない」など、 Webデザインに関する数々の苦言を発表してきました。 実際、Nielsen氏のサイトには画像が全く使用されておらず、 帯域幅に優しいシンプルな構成になっています。 Nielsen氏はこのようになかなかうるさい人物であるようで、 いろいろなサイトでおちょくられたりしていますが[*4][*5]、 Web上でFlashを使うことに対していくらかブレーキがかかったように思われます。

Flashの復権

当時の状況では、確かにNielsen氏の指摘があたっている面が多く、 ユーザからみると確かにそのとおりだと思われたものですが、 前述の問題点の多くはFlashの本質的な問題というよりは Webサイト/Webページの作り方の方針の問題であるともいえますから、 WebページでFlashをもっと活用したいと考えているデザイナなどからは 大きな反論があったようです[*6]。

Nielsen氏の指摘から2年経過した現在、事情はかなり変わってきたようです。 アニメーションがわずらわしいだけのWebサイトもまだまだ沢山ありますが、 以下のように最近は状況が変わってきたため、 Flashを有効活用しているサイトが多くなってきたように思われます。

Flashのバージョンアップにより、 ActionScriptを使ってサーバと通信しながら対話的な操作を行なう ことができるようになったため、 Flashを使って高度な対話的処理が行なえるようになりました。 一般的なCGIやPHPなどを使用してサーバと通信を行なう場合、 サーバのデータを受け取って表示するには新しいページを開く必要があります。 たとえばGoogleのような検索システムの場合、 検索結果は別ページとして表示されますし、 買い物をする場合は、購入物を選択した後、値段が別ページで表示されるのが普通です。 一方、Flashを使ってサーバと通信を行なう場合は、 ユーザが検索キーワードや購入物を選択した瞬間に サーバと通信を行なって結果を表示させることができますから、 別ページを開く必要がなく、 パソコンの一般的なアプリケーションと同じような感覚で 使用することができます。

MacroMedia社はこのようにして作成されたFlashアプリケーションを 「Rich Internet Application」と呼んでおり、 インターネット新しい標準として推進しようとしています。 このような目的のために Javaが使われることが以前は期待されていましたが、 現在のパソコン上でもJavaは起動が遅いという問題がありますし、 デザイナにとってはJavaよりもFlash+ActionScriptの方が とっつきやすいせいか、 こういった応用においては 現在のところJavaよりもはるかに優勢に立っているようです。

現在Flashプレーヤは非常に多くの環境で動作します。 MacroMediaによれば、Flashプレーヤは98%のプラットフォームで動くということで、 これはOSにおけるWindowsのシェアや ブラウザにおけるInternet Explorerのシェアよりも大きいのだそうです。 異なるプラットフォームのマシンの上で、 インターネット上のインタラクティブなアプリケーションを 同じように使えるということは確かに大きなメリットであると考えられます。

このように事情が変化したためか、 驚いたことに Nielsen氏は最近はMacroMedia社と契約し[*7]、 AlertBoxにFlashアプリケーションの記事を書いたり[*8] Flashを有効に使うための調査を行なったり ガイドラインを作成したりしています。

Flashの活用事例

Nielsen氏はFlashで作られた多くのアプリケーションのユーザビリティ調査を 行ない、優れたアプリケーション作成のためのガイドラインを作成しています。 ガイドラインは有料で販売されていますが、 調査に使われたサイトはNielsen氏のサイトで公開されています[*9]。 このリストを見ると、Flashは以下のような種類のアプリケーションで よく使われているようです。

地図

Men's Non-Noのサイト[*10]では、 代官山や原宿の地図及びショップリストをFlashで提供しています。 ページを移動することなく、 地図をスクロールしたりショップの詳細情報を見たりすることができるので便利です。

ホテル予約

Broadmoor Hotelのサイト[*11]では、 ホテル予約ページをFlashで提供しています。 別ページに移動することなく 空部屋状況や値段などをチェックすることができます。

商品カスタマイズ

Boseは、ユーザの家に同社のスピーカ製品を実際に配置する シミュレーションを行なうことができる Flashを提供しています[*12]。

情報提供

Liptonは、同社のWebサイトのトップページ全面をFlashで表現して 親しみやすいサイトを構築しています[*13]。

ポータル

BB Biglobeでは、 ユーザが自由に自分のポータルサイトをカスタマイズできる機能を Flashで提供しています[*14]。 画面上のメニューやウィンドウはユーザが自由に配置したり 内容を変更したりすることができます。


このように、 PCで動く対話的なアプリケーションのうち、 高速動作を必要とするゲームなどを除けば 何でもFlashで実現することが可能な状況になっています。 ワープロ/表計算のようなビジネスソフトウェアや 日本語入力なども Flashで動かす時代が来るかもしれません。

今後の展開予想

現在のFlashアプリケーションのほとんどは MacroMedia社の提供するFlash MXのようなシステムで作成されていると思われますが、 Flashの仕様は1998年4月に公開されているため、 MacroMedia社以外のツールを使うことも可能です。 Flashムービーを自動生成するシステムのひとつに、 Dave Hayden氏が開発した MINGというオープンソースのライブラリがあります[*15]。 MINGライブラリは、 C, PHP, Perl, Ruby, Pythonなど各種の言語から呼び出すことができるので、 いろいろなプログラムからFlashを生成することができます。 MINGを使うと、 通常のテキストエディタを使ってFlashムービーを作成することができますし、 サーバ側でCGIやPHPなどで自動的にムービーを生成して表示させることも できます。 商用のものを含め、MING以外にもいくつかのFlash生成ツールが存在しますが、 Flashアプリケーションの普及にともなって 今後そのバリエーションは増えてくると思われます

現在のFlashアプリケーションは、 普通のPCアプリケーションが ブラウザの上でも動くようになったという程度の シンプルなものが多いようですが、 デザイナとプログラマの共同作業により、 Flashの特長をうまく利用して 高度な視覚化手法を使用した対話的な検索システムのような ものを作ることも可能になるでしょう。

Flashはブラウザ上で動作するだけでなく、 パソコン上の独立したアプリケーションでも利用されてきています。 SonyのVAIOにバンドルされているいくつかのソフトウェアでは、 「アクティブスキン」という技術を使って 実行ファイル中でFlashを使用しています。 インターネットと関係無い世界でも Flashは広く使われていくかもしれません。

参考リンク

Flashアプリケーションの最近の状況については 日本グラフィクサービス工業会のサイトに 鷹野雅弘氏によるわかりやすい解説があります[*16]。 またFlashでサーバと通信するときの手法については FACEsというサイトに詳しい解説があります[*17]ので 参考にされるとよいでしょう。
  1. Jacob NielsenのWebサイト:
    http://www.useit.com/
  2. AlertBox:
    http://www.useit.com/alertbox/
    AlertBox日本語訳:
    http://www.usability.gr.jp/alertbox/
  3. Flash: 99%有害
    http://www.usability.gr.jp/alertbox/20001029.html
  4. Driving Over Jacob Nielsen:
    http://www.urbanev.com/jakob/
  5. Jacob Nielsen Drinking Game:
    http://www.rc3.org/clips/nielsen_drinking_game.html
  6. ユーザビリティの神様も筆を誤る?:
    http://www.hotwired.co.jp/webmonkey/2001/30/index1a.html
  7. Jacob Nielsenインタビュー:
    http://faces.bascule.co.jp/pixelsurgeon0625.php
  8. FlashとWebベースアプリケーション:
    http://www.usability.gr.jp/alertbox/20021125.html
  9. Flashサイトのリスト:
    http://www.nngroup.com/reports/flash/sites.html
  10. Men's Non-no地図:
    http://mensnonno.shueisha.co.jp/map/home.html
  11. Broadmoorホテル予約システム:
    http://reservations.broadmoor.com/
  12. Bose RoomPlanner:
    https://secure-www2.bose.com/soundadvisor/
  13. Lipton Town:
    http://www.lipton.co.jp/index.html
  14. BB Biglobe:
    http://bb.biglobe.ne.jp/
  15. MING:
    http://ming.sourceforge.net/
  16. SWFコンテンツの今:
    http://www.jagra.or.jp/school/column_swf/
  17. FACEs:
    http://faces.bascule.co.jp/

Toshiyuki Masui