界面駭客日記(36) - Emotionの時代 増井俊之


ユーザインタフェース界の大物であるDon Norman氏と、 人工知能界の大物であるMarvin Minsky氏が 最近続けて来日したので講演を聞いてきました。 両者はそれぞれの世界で有名だという以外に共通点はないのですが、 Minsky氏は現在「Emotion Machine」という本を執筆中であり、 Norman氏は「Emotional Design」という本を執筆中だということで、 時同じくして「Emotion」というタイトルの本を書いているということが 面白く感じられました。

Donald Norman

Donald Norman氏は 「誰のためのデザイン?」[*1] 「テクノロジー・ウォッチング」 「人を賢くする道具」 「パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう」 など、ユーザビリティに関する数々の啓蒙的な書籍で有名な人物です。 Norman氏はいろいろな大学の教授や学部長をつとめた後、 AppleやHewlett Packardなどの勤務を経て、 現在は、3月号で紹介したJacob Nielsen氏と共同で Nielsen-Norman Group[*2]というコンサルティング会社を経営しています。 また、現在「Emotional Design」という本を執筆中で、来年1月に出版予定だということです。

氏の著書の中でも特に「誰のためのデザイン?」は、 原題の「Psychology of Everyday Things」を略して「POET本」と呼ばれて親しまれており、 製品の使いやすさ向上に関連する人にはバイブルのような存在となっています。 昔も今も巷には使いにくい機械があふれています。 機械をちゃんと使えないのは使う人間が馬鹿だとか努力が足りないとか思われたり、 規格にあわないことはやってはいけないと思われたりする時代がありましたし、 現在もそういう傾向がなきにしもあらずですが、 そのような機械中心的な考えは全く誤っており、 あらゆる機器は人間の心理を理解することにより使いやすくすることができるということを 多くの逸話や実例で説得力をもって説明したことにより、 私を含め沢山の人の目の鱗を落とすのに貢献しました。 他の著書も含め、 ユーザインターフェースにたずさわる人にとって氏の著書はすべて 大きな価値を持っています。

Norman氏は前述のような書籍において、 「使いやすさとは何か」「使いやすさを向上させるにはどうすればいいか」について 深く追及していたのですが、 氏の新しい著書の内容にかかわる今回の講演では 「使いやすさばかりを追及していたのは間違いであった」という 転向宣言のような話が述べられたのには少し驚きました。 Norman氏によれば、製品デザインにおいて最も重要なものは「Emotion」(情動)であり、 これは氏の新理論によれば、 明るさを感じたり高い場所は怖いと思ったりする「生得的/生理的なレベル」・ 熟練や使いやすさが問題になる「行動的なレベル」・ もっと高度な「意識のレベル」の 3階層に分けることができるのだそうです。 Norman氏が従来主張していたのはもっぱら第二のレベルだったわけですが、 このレベルもさることながら 第三の「意識のレベル」が実は重要なのだということを今回は強調していました。


アレッシのレモン絞り: Norman氏が買った高級版には 「サビるからレモンはあまり絞らないように」という注意が書かれていたらしい.

昔のジャガーの車は決して使いやすいという性格のものではないのに デザインが素晴らしいためマニアが沢山いるとか、 イタリアのアレッシの調理器具は 実際にはほとんど使いものにならないこともあるが デザインが多くの人に愛されているとかいったように、 人間が喜んで製品を買うのは使いやすさのせいばかりではなく、 その製品を心から欲しいと思うからであり、 このようなレベルでユーザが欲しいと思うということが大事であるのだそうです。 彼はいくつかポットを持っているが、 普段使っている使いやすいポットと一番気にいっているポットは違うのだと いうことでした。

今回の講演の参加者はユーザビリティ関連の仕事をしている人が多かったようですが、 使いやすさは製品のよしあしに実はあまり関係無いのだと言いだしたのに 唖然としていた人もいたかもしれません。 ユーザに愛されるのが良い製品なのだという主張は、 「適者生存」のような言葉と同じように、同語反復に近いものがあります。 ユーザが喜ぶ製品を作りたいと思うのは誰でも同じですが、 その方法がわからないから科学的なアプローチを模索していたのに、 結局デザインセンスが大事なんだみたいな話になってしまうのでは、 使いやすさの評価などに苦労していた甲斐がありません。 しかしユーザビリティの大御所が最後に行きついた結論がこういうものだということが 重要なことなのかもしれません。

Marvin Minsky


FIT2003でのMinsky氏の講演

1960年代初頭に人工知能研究を立ち上げ、人工知能の父と呼ばれることもある大御所Marvin Minsky氏は、 札幌で開催されたFIT全国大会(情報処理学会と電子情報通信学会の連合大会)で講演を行ない、 これまでの人工知能研究や氏の最近の研究に関して熱弁をふるいました。 Minsky氏は長い間MIT(Massachusetts Institute of Technology)の人工知能研究所の所長をつとめていましたが、 現在は同じMITのメディアラボの教授になっています。 これからの高齢化社会では、少数の若者が多数の老人をサポートしなければならなくなり、 ロボットにいろんなことを手伝ってもらわなければならないにもかかわらず、 現在のロボットではまったく不充分で、 もっと常識を身につけたロボットを作らなければならないのだ!と意気軒昂なところを見せていました。 文章を本当に理解するプログラムが昔も今も実現できていないのは、 人間なら普通に持ってるような常識が欠如しているからであり、 常識を理解する計算機が一番大事なのだそうです。

ひと昔前に比べると最近は人工知能に関する話題を聞くことが少なくなっています。 以前は人工知能の基礎研究を行なっていた人達も、 最近はWebへの応用など実用的な研究に方向を変えた人も多いようです。 Minsky氏によれば、 1980年代までは大きな注目を集めていた人工知能研究が90年代以降人気がなくなったのは、 いろんな手法を発案した人が自分の手法の良さを宣伝するあまり欠点には目をつぶって 大口を叩きすぎたのが原因だということなのだそうです。 ニューラルネットも/遺伝的アルゴリズムも/論理ベースシステムも/その他諸々のシステムも、 不得手な領域に関しては押し黙っていたといって、 これまでの様々なアプローチを順番にボロカスにきって捨てていきました。 MITの人工知能研究所の現所長であるRodney Brooks氏が提唱する 「Subsumption Architecture」について 「ただの優先度つき割込みと一緒じゃないか」と切って捨ててみたり、 人間の意識の問題が非常に難しそうに見えるのは 「いろんなものをいっしょくたにしておきながらあたかもひとつの実体があるように言うからだ」と 意識研究界の沸騰ぶりを批判してみたり、 「左脳と右脳の違いなんてのは経営者がふたりいる会社みたいなもので、 成長の速度が違うせいで右脳がちょっと子供っぽいまま残っているだけなんだ」と妙な断言をしてみたり、 正しいのかどうかはわかりませんが 世の中のいろいろな難問を一刀両断していく講演は耳に心地良いものでした。 オヤジの愚痴みたいだと思った人もいたかもしれませんが。

他人のシステムをボロカスに言いつつ新しい理論を提唱するという芸風なのかもしれないMinsky氏が 最近自分では何をしているかというと、 流行にとらわれずこつこつと常識データベースを蓄えていくのが正しいアプローチだと考えているようです。 人工知能の実現に常識データベースを使うという考え方はこれまで無かったわけではなく、 1980年代からCyc(サイク)という大きなプロジェクトが発足して現在でも続いていますが、 Cycは常識の表現に論理を使おうとしているからうまくいかないということで、 メディアラボでは 「Open Mind Common Sense」(OMCS)というプロジェクトを開始しています[*3]。 OMCSでは漠然とした知識をとにかく膨大に溜め込もうとしており、 「人は自分の母親より若い」 「棒があれば何かをつっつくことができる」 「1週間は1秒より長い」 のようなデータをどんどん追加していくことができるようになっています。 メモリもディスクもふんだんに使える時代には このような「富豪的アプローチ」は正しいような気もしますが、 本当にこのようになんでもかんでも書いていって大丈夫なのかいなという心配はあります。 今後このデータがどのように利用されていくのか興味深いところです。

Minsky氏が執筆中の「Emotion Machine」という本では新しい知能のモデルを提唱しています。 詳しい内容は講演ではよくわかりませんでしたが、 本の中身は執筆中にもかかわらずWebで公開されています[*4]。 MITは最近あらゆる講義資料や講義録をインターネットで公開しており、 これはノーベル賞級の偉業であると高い評価を受けていますが、 発売前に書籍を公開するのもこういう一貫なのかもしれません。

MIT Watch

Emotionに目覚めたNorman氏はMITメディアラボの石井裕教授の「Tangible Bits」と呼ばれる一連の作品を大変気にいっているようで、 講演中で石井氏の「Ping Pong Plus」(センサを備えた卓球台にプロジェクタで画像を投影することにより プレー状態に応じて様々な面白い効果が表示されるもの)などの作品を紹介していました。 こういう作品が気にいっている理由を聞いてみると、 石井氏は工学の領域から脱出し、 定量的評価のような科学的アプローチが必要とされない アートの領域に転身して成功しているからだということでした。 工学的センスのあるメディアアーティストは沢山いますが、 アートに転身して成功した学者はこれまであまりいないようですから、 常識をやぶるべく頑張っていただきたいものです。 一方、 IBM時代にトラックポイントを開発したことで知られる、 メディアラボの「発明おじさん」Ted Selkerについては 「ただのハッカーじゃん」と、あまり評価が高くありませんでした。 石井氏の研究室を訪問したときは格好良いデモを沢山見せてもらって感心したそうですが、 Selker氏の研究室はワイヤだらけでゴチャゴチャしていて感心できなかったというのも理由のひとつのようでした。 「デモか死か」というキャッチフレーズで知られたメディアラボでは 常に格好良いデモが期待される宿命なのかもしれません。

Minsky氏は以前はMITの人工知能ラボの所長でしたが、 現在はメディアラボの教授という肩書きになっており、 メディアラボのSelker氏やHenry Lieberman氏のようなハッカー人脈と組んで OMCSプロジェクトをやっているようです。 Minsky氏は人工知能界の大御所ではありますが、 実はハッカー魂旺盛な人物のようで、 昔のCommunications of the ACM誌 に掲載されたTed Selkser氏の「Minsky家訪問記」によれば、 Minsky家はオモチャの山で流石のSelker氏も驚嘆したのだそうでした。 私が昨年メディアラボのTed Selker氏を訪問したときは Selker氏の部屋がオモチャの山で驚嘆したものですが、上には上があるようです。 界面駭客としては、 メディアアートの動向やデザインセンスが重要だということは重々認識しつつも、 ゴチャゴチャした研究所でわけのわからないオモチャを量産する マッドサイエンティスト的ハッカー軍団の底力に期待したいと思っています。


WebはハッカーのTim Barners LeeやMarc Andresenらの発明により世間に広まりましたが、 現在はハッカー的底力とデザインパワーがからみあって 魅力的なインターネット世界ができあがっています。 いろんな分野の才能がEmotionalに融合して 新しく面白いEmotionalなシステムが登場してきてほしいものだと思います。
  1. D.A. ノーマン. 誰のためのデザイン? - 認知科学者のデザイン原論. 新曜社認知科学選書, 野島久雄訳.
  2. Nielsen Norman Group
    http://www.nngroup.com/
  3. Open Mind Common Sense
    http://commonsense.media.mit.edu/
  4. The Emotion Machine
    http://web.media.mit.edu/~minsky/E1/eb1.html

Toshiyuki Masui