界面駭客日記(39) - WISS2003 増井俊之


昨年2月号で、 日本ソフトウェア科学会 インタラクティブシステムとソフトウェア(ISS)研究会主催の 「インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ」(WISS)を紹介しましたが、 今年も12月にWISS2003が石川県羽咋市で開催されました。 WISSコンファレンスは1993年から毎年開催されており、今年が11回目になりますが、 今回は過去最高の130人もの参加者で盛り上がりました。 昨年に引き続いて私がプログラム委員長だったのですが、 今年も面白い発表やデモやイベントが盛り沢山のワークショップとすることができました。

WISSの発表型式

WISSでは、スライドを使った普通の発表画面に加え、 会場の参加者が自由に書き込むことのできるチャット画面を表示するのが恒例になっています。 ほとんどの参加者が、 発表を聞きながらノートPCを使って 発表に関する話題やそれ以外の話題について常に議論を行ないます。 発表の最中であっても、発表内容について常に参加者の間で 静かに議論が行なわれているわけですから 発表者にとっては緊張感があります。 また、 今回はチャット画面に加え、「へぇボタン」が導入されました。 これは東大の五十嵐健夫氏が作ったJavaプログラムで、 ブラウザでこのページにアクセスして ボタンの写真をクリックすると、 ステージで「へぇ」という音がしてカウンターの値が上げるというものです。 面白い発表や気のきいた冗談に対して参加者がへぇボタンを押すことにより、 (若干うるさいという問題はあるものの) 発表の盛り上がりに貢献していました。 また、今回は会場ではWiki Wiki Webの一種であるHikiを情報交換に利用しました。 これは現在もアクセス可能で、誰でも情報を追加したり編集したりできますので、 ぜひ覗いてみて下さい。[*1]


WISSのHikiページ

いろいろなプレゼンテーションに計算機を利用することは現在あたりまえになっていますが、 議論などのために計算機やインターネットを使うことは非常に便利で、 今後このような型式は増えてくるでしょう。 将来は普通の宴会でも計算機やインターネットが 使われるようになるかもしれません。

今年の発表テーマ

今回は19件の発表がありました。 発表プログラムはWISSのページ[*2]に掲載されていますが、 今年のセッションタイトルは以下のようになっています。 いわゆるマルチメディア/マルチモーダル関連・ モバイル/ユビキタス・インターネット関連の研究発表やデモが多く、 普通のデスクトップ計算機でテキストデータを扱うようなシステムは 最近はほとんど発表されていません。

今年は、原田康徳氏らによる 「Viscuit : 柔軟な動作をするビジュアル言語」 という論文がベストペーパー賞を受賞しました。 Viscuit[*3]は、 プログラミングの素人や子供でも簡単に 図を使って視覚的にプログラミングを行なうことができるシステムです。 Viscuitでは図の書き換え規則でプログラムを表現します。 書き換え操作を適用する前の図と適用後の図の組みあわせを定義することにより、 その規則に従って図がどんどん書き換えられていきます。 例えば図1のような書き換え規則をユーザが定義して 図2に対して適用すると、 スキーヤが旗をまわりながら移動するアニメーションが得られます。


図1: Viscuitの規則の例


図2: 旗を回りながら滑降

書き換え規則によりアニメーションやプログラムを作るシステムは Stagecast[*4]や AgentSheets[*5]のようなシステムが これまでいくつか提案されていますが、 図の配置の柔軟性が充分でないため、 なめらかな動きをするアニメーションを作るのは困難でした。 Viscuitでは柔軟なマッチング手法を採用しているため、 簡単に規則を書いてアニメーションを作ることができます。 デモセッションでは、 Viscuitを利用して作成された動く絵本がデモされていました。 Viscuitは、NTT InterCommunicationCenter(ICC)の 「記録と表現」展のワークショップ[*6]で展示され、 子供など多くの参加者に好評だったようです。

投票の結果によると、以下のような論文が人気があったようです。

音声スポッタ: 人間同士の会話中に音声認識が利用できる新たな音声インタフェース
近傍関係にもとづく情報検索システム
高次元の利用による対話的グラフ配置法
Lumisight Table: 天地問題を解消した対面協調支援システム
ウェアラブル環境のためのルールベースBGMプレーヤについて
自分自身との対戦:生体信号を利用したゲーム

「音声スポッタ」というのは、産業技術総合研究所の後藤真孝氏らによる 「非言語情報を活用した音声インタフェース」の研究[*7]の一貫で、 会話中の言いよどみと音高の変化を利用することにより、 精度の高い音声認識を行なわせるというシステムです。 近傍検索システム[*8]は私のグループで開発した情報検索システムで、 計算機中のファイルやメール各種の「近傍関係」をリンクとしてブラウザに表示することにより、 似た内容/似た時刻/似た場所/などをたどりながら 情報検索を行なうことができるというものです。

デモ

論文発表会場とは別のデモ会場では、 30件ほどデモンストレーションが行なわれました。 論文発表されたシステム以外にも沢山の面白いシステムが紹介されましたが、 今年は、阪大の池田洋一氏氏らによる 「液体を吸収するメタファを利用したToolDevice」 及び 東大の筧康明氏らによる 「Lumisight Table: 天地問題を解消した対面協調支援システム」 というデモがベスト対話発表賞を受賞しました。

ToolDeviceは昨年12月号の「続々: 天才プログラマを発掘せよ!」でも紹介しましたが、 今回はモータやソレノイドのようなアクチュエータを使って フィードバックを与えつつ情報をコピーしたりペーストしたりできる スポイトの型装置などがデモされ、人気を呼んでいました。


スポイト型デバイス

Lumisight Tableは 複数のユーザが周囲にすわって協調作業を行なうことができる机型の表示/入力装置です。 水平に置いたひとつのディスプレイのまわりにユーザがすわって協調作業をしようとすると、 表示の向きと反対側にいる人は文字の向きが逆になって画面を読み辛いという問題がありますし、 それぞれのユーザが別々のディスプレイを使うと強調作業がやりにくいという問題があります。 Lunisight Tableでは、 方向によって透明度が変化する Lumisty[*9]というシートと複数のプロジェクタを使用することにより、 机のまわりのユーザごとに異なる表示が見えるようにしたものです。 ひとつの地図を見ながら複数ユーザが協調作業をするような場合、 皆が同じ地図を見ているのに文字はそれぞれのユーザの方向を向いているというような 表示を行なうことができます。


Lumisight Table

その他、投票によると以下のようなシステムが人気があったようです。
Visual Haptics: カーソルを用いた手触り提示システム
キーワードを渡り歩くブラウザの提案
自分自身との対戦:生体信号を利用したゲーム

OUISS2003

東工大の福地健太郎氏の発案により、 WISSでは裏イベントとして2002年から 「OUISS」(ういっす = お蔵入りユーザインタフェースシンポジウム) という冗談コンファレンスが開催されています。 OUISSは、アイデアは良かったのに残念ながらお蔵入りしてしまった いろいろなシステムを救済しようというもので、 今年も沢山の発表や飛び入り発表がありました。

今回は、 「くまうた 〜くまと演歌と日本の心〜」 というタイトルで、 産総研の江渡浩一郎氏による「招待講演」がありました。 「くまうた」というのは2003年11月に発売されたPlayStation2のゲームで、 宇宙から来た「くま」に演歌の心を教えることにより得点を竸うという謎の多いゲームです。 江渡氏は演歌の自動作曲部を担当したということですが、 「くまうた」はなかなか奥が深いゲームで、 単語登録機能も持っているため、 参加者の幾人かは、くまに変な歌を歌わせようと夜遅くまでまで苦労していたようです。 「くまうた」は現在販売されていますから 正確には「お蔵入り」ではないわけですが、 開発してから何故か3年もお蔵入りしていたということで、 今回招待講演されることになりました。 この他、 「親と子供がオムツを通じて感覚を共有するシステム」など 謎のシステムが沢山紹介されてOUISSを盛り上げていました。


12回目となる2004年のWISSは2004 12/1-3に開催されます。 開催場所はまだ決まっていませんが、 今年はプログラム委員長が玉川大学の椎尾一朗先生に交替するので さらに面白いワークショップとなることが期待されます。 自分でソフトウェアやハードウェアの研究をしていない人でも、 ユーザインタフェースのソフトウェアやハードウェアに興味のある方であれば 参加して議論するだけでも面白いと思いますので ぜひ多数の参加をお待ちしております。 ご意見もWikiで募集しております。
  1. WISS2003 Hiki: http://wiss.org/hiki/
  2. WISSホームページ: http://www.wiss.org/
  3. Viscuit: http://www.viscuit.com/
  4. Stagecast: http://www.stagecast.com/
  5. AgentSheets: http://agentsheets.com/
  6. Viscuitワークショップ: http://www.ntticc.or.jp/Calendar/2003/kirokutohyougen/Workshop/workshop05_j.html
  7. 非言語情報を活用した音声インタフェース: http://staff.aist.go.jp/m.goto/PROJ/speechinterface-j.html
  8. 近傍検索システム: http://pitecan.com/papers/WISS2003/WISS2003.pdf
  9. 住友化学Lumisty: http://www.sumitomo-chem.co.jp/japanese/4products/itrc/optical/lumisty_index.html

Toshiyuki Masui