大富豪家2.0の日記
2004年05月30日
11:38
センター試験、「数学力」の判定に疑問
http://
www.as
ahi.co
m/nati
onal/u
pdate/
0530/0
12.htm
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センター試験は計算問題が多いので数学的思考力がなくても点をとれてしまうのが問題だということらしい。
言いたいことはわかるが、数学的思考力というのが何なのか定義されているのだろうか。高校数学といえども、問題を解くためには数学的思考力に加えて相当の知識が必要である。複雑な微積分が必要な問題をバリバリ解ける人間は普通は数学力があると言われると思うが、Mathematicaに解けるような問題をいくら解けても駄目だということなのだろうか。そうだとすると、特殊な発想を必要とする幾何問題とかパズルのような問題だけ出題すればよいことになってしまう。微積分勉強しなくてもいいから楽かもしれない。
国語の場合はもっと難しい。普通の国語問題は「感情移入力」「古文単語記憶力」などを判定するものが多く、「国語力」の判定には疑問かもしれない。「国語力」って何なんだ。
現在のような入試形態では、どういう問題体系を選んだとしても、いろんな体系に適応する力をもつ要領のよい奴が試験に通りやすいだろうから合格者の顔ぶれはあまり変わらない気がする。センター試験とかを利用している限りこういう議論をしても意味がないだろう。地味に努力や工夫ができる奴を選ぶなら現在の方法でかまわないし、特殊な才能を発掘したいなら全然違う選択方法を使うのがよさそうに思える。
コメント
2004年05月30日
11:51
綾塚
現代文の問題は、
「設問を作った人の意図 (もしくは設問を作った人が取り上げられている文章をどう解釈したか) を見抜く能力」
を判定してますね。それを悟っているかどうかで得点能力が違うでしょう。
国語力と、試験における国語の得点はそれこそあんまり関係ないかと思います。
2004年06月02日
08:45
大富豪家2.0
子供の塾の問題を見てみましたが、やはりまさにそういう問題が連続してました。勘弁してほしいです。
2004年06月02日
08:57
Archaic
国語力っていうか、小説・随筆など主観から始まった文章の読解力となると読み・解説する力となって作者の意図に対しての感情移入力ともいえるのかもしれません。
本当に日本語が出来るかどうかとなると、やはり、話す・書く力が受身ではないという意味で力といえるような。
2004年06月02日
17:17
綾塚
読むのと書くのは、関連はあるけれども別の能力でしょうね。
両方できないと真の国語力とは言えなさそうな気がします。