界面駭客日記(2) - 入力手法戦国時代 増井俊之


携帯電話や携帯端末のインフラやハードウェアが急速に進化していますが、 小さな端末上で文章やメッセージを効率良く入力する手法はまだまだ 確立しておらず、いろいろな会社が熱い戦いを繰り広げています。 PalmPilotのようにペンの使える携帯端末では文字認識やソフトキーボードを使い、 携帯電話ではテンキーとジョグダイヤルを使うのが一般的ですが、 片手キーボードやゲームパッドなどではまた異なる入力手法が 必要になるでしょう。 限られた入出力装置をいかにうまく組み合わせて使うかが 工夫のしどころです。 今回は、 「我こそは携帯端末入力手法の覇者!」と名乗りを上げている (けれどもまだそうはなっていない) いろいろな手法を紹介します。

T9

Tegic Communications(http://www.tegic.com/) が開発した、 携帯電話用のテキスト入力システムです。 携帯電話では、 各キーにABC, DEFなど複数の文字が割り当てられており、 1回押せばA, 2回押せばB, のように キーを連打した回数で文字を入力していく手法が一般的ですが、 T9では ひとつのキーに割り当てられた複数の文字を区別せずに 入力を行なうのが特徴です。 たとえば「how」という単語を入力する場合は 「h」を含む4のキー、 「o」を含む6のキー、 「w」を含む9のキーを順番に押します。 「iox」「gmw」などと入力する場合も 同じキー操作になってしまいますが、 英語の場合は「how」の出現確率が他に比べ非常に高いので ほとんどの場合「how」と確定してしまって問題ありません。 また単語の文字数が多い場合はさらに曖昧度が少なくなりますから 間違った単語を確定してしまう確率は非常に低くなります。 このため、ほとんどの場合は 全く修正を行なわなくても9個のキーだけで正しい文章を 入力することができます。


T9で「how」を入力

T9では自然言語辞書が必要ですが、 現在T9は10種類以上の言語に対応しており、 欧州の携帯電話で実際にかなり広く使われています。 Tegicはまた日本語や中国語に対応したものも開発しているようです。

Quikwriting

PalmPilotでは Graffitiという一筆書きアルファベットを使った 英数字入力が標準になっていますが、 Graffitiよりも効率が良いという英数字入力法が 最近いくつか提案されています。
QuikwritingはNew York UniversityのKen Perlinにより開発された 文字入力手法で、 Graffitiと同じように一筆書きで英文字を入力できるように なっています。 Quikwritingでは、 正方形の入力領域のうち 中心領域を除く部分を45度ずつ8分割したものを用いて、 ペンの領域間移動により入力文字を選んでいきます。


Quikwritingの入力画面

ペンの移動は中心領域から開始します。 中心から右の領域(u, t, yの領域)にペンを移動させた後 ペンを中心に戻すと"t"が選択されます。 また、右の領域から右上の領域(p, f, n, l, xの領域)に移動させてから ペンを中心に戻すと"u"が選択されます。 このように、 中心から始まって中心に戻るストロークで 文字を入力することができるので、 ペンを離すことなく複数の文字を続けて入力することが できるようになっています。 たとえば下図のようなストロークにより 「the」を入力することができます。 このように、各単語をストロークとして覚えてしまえば かなり高速に単語を入力していくことが可能であると思われます。


Quikwritingで「the」を入力しているところ

Graffitiや手書き文字認識手法では ペンの上げ下ろしにどうしても余分な時間がかかりますが、 Quikwritingではそのような時間を省くことができるので、 習熟すればかなり高速に文字列を入力することができます。 とはいうものの、Quikwritingのストロークは文字の読みや形と 全く関係が無いので覚えるのはかなり大変ですし、 連続したストロークをなめらかに入力するためにはかなりの 練習が必要と思われます。 実際、私の知人は Quikwritingを覚えようとしたものの簡単に挫折していました。 Graffitiは必ずしも高速ではありませんし、 認識率も必ずしも良好ではありませんが、 アルファベットの字形とよく似たストロークなので 初心者でも比較的覚えやすいという特長があるため普及が 進んでいるようです。 (それでもまだ敷居は充分低いとはいえないようですが)

Quikwritingは Ken Perlinのページ (http://mrl.nyu.edu/perlin/demos/quikwriting.html) において、Javaアップレットで実際に試してみることができます。 PalmPilot版もダウンロード可能です。

Octave

フランスのe-acute社が開発したOctaveも、 ペンを使って連続的に文字入力を行なう入力手法です。 OctaveもQuikwritingと同じように 中心から開始して中心に戻るペンの動きを使用しますが、 Octaveでは8種類の方向だけで文字を区別します。 8種類の方向だけでは 20個以上のアルファベット文字を区別することはできませんが、 T9と同じように、 複数の文字をひとつのストロークに割り当てて 自然言語辞書で候補を絞り込むことにより 曖昧性を解消しています。

PalmPilot版のOctaveでは 下図のような8角形の星型にくりぬかれたプレートを タブレット上に貼って使います。 T9の場合と異なり、 Octaveでは8種類の方向はアルファベットの字形に対応しています。 たとえば中心から左側は、 「a」「c」「d」のように「⊂」のような形を含む文字に対応しており、 中心から右側は、 「b」「p」のように「⊃」のような形を含む文字に対応しています。 Palm版Octaveでは、星型の領域以外は普通のGraffiti入力に 使うことができます。


Octave

e-acute社では、 漢字のストロークを8方向に対応させた 漢字用Octaveも開発しています。 例えば 右方向のストロークを漢字の横線に、 左方向を縦線に、 右上方向を「ノ」に対応させています。 少しだけ触ってみた印象では、 普通の漢字の文字認識を使うのに比べて利点はあまり感じられ ませんでしたが、今後の改良を期待したいところです。

入力手法の分類

沢山の方式が提案されていますが、 以下のようなカテゴリで分類することができるでしょう。 私は予測と曖昧検索にもとづく入力システム「POBox」 (http://www.csl.sony.co.jp/person/masui/POBox/) を開発していますが、これも含めた以下のような表で いろいろな入力手法の特徴を概観できると思います。

手法 指定 直接/間接 予測 曖昧 入力単位
キーボードによる英語入力 綴り 直接 × × 文字
かな漢字変換 読み 間接 ×/○ × 文節
文字認識 字形 直接 × × 文字
T9 綴り 間接 ×(○?) × 単語
Quikwriting 綴り 直接 × × 文字
Octave 字形 間接 × × 単語
POBox 任意 間接 単語

最近は予測を行なうかな漢字変換システムもありますし、 予測つきT9も検討されているようです。 今回紹介しませんでしたが、 入力された文字をもとにして 単語やフレーズをを曖昧検索する入力システムもあります。 どの方式が決定版になるかはまだまだ不明で、 戦国時代はまだ当分続きそうで楽しみです。
Toshiyuki Masui
Last modified: Sat Nov 25 12:05:48 JST 2000