現在、ほとんどの計算機は 若者やビジネスマンを対象に作られており、 キーボードやマウスを上手に操作できない人のことは あまり重視されていませんし、 目が見えない人や手足が不自由な人のことはさらに 考慮されていないことが多いようです。 一般的な入出力装置を使用できない場合は 特殊な「障害者用機器」を使用する必要がありますが、 このような機器は値段が高かったり入手が難しかったりするため 広く使われているとはいえません。 情報機器が最初から ユニバーサルデザインにもとづいて設計されていれば このような問題は発生しなかったはずです。
固定された机の上の大きな計算機画面を、 両手で使うキーボードで操作する場合と異なり、 モバイルコンピューティングで使われる機器には 制限がつきものです。 持ち歩いて使うPDAや携帯電話などは どうしても画面が小さくなりますし、 制限のある入力装置しか使うことができません。 歩きながら使ったり満員電車の中で使ったりする場合は、 画面を見ることができないかもしれませんし、 片手しか使うことができないかもしれません。
このように各種の制限のあるモバイルコンピューティング環境は、 目や手足が不自由な人の状況と変わりませんから、 モバイルコンピューティングのために工夫された入出力装置や手法には そのまま ユニバーサルデザインとして通用するものが沢山あります。 小さな画面に効果的に情報を表示するための技術は、 目の悪い人のための表示手法として使うことができますし、 計算機を片手で操作するための技術は 手足の不自由な人が計算機を使うための技術として使うことが できます。 同じ携帯計算機でも、 歩きながら使いたいこともあれば 机の上で使いたいこともあるでしょう。 モバイル環境など いろいろな状況で使えるようにするためには 必然的にユニバーサルデザインが普及すると考えられます。
私は 予測と曖昧検索にもとづいた 「POBox」というテキスト入力手法を提案しています。 当初は、 PalmPilotのような ペン入力の携帯端末で高速に文章を作成できるようにするために 開発したものなのですが、 ペンに限らず どのような入力装置でも効果的に使えることがわかったので、 現在は携帯電話やEmacsでも活用しています。 (この文章はEmacs上のPOBoxで書いていますし、 POBoxを搭載したauのC406Sという携帯電話を使っています。) 実際、この手法を応用して、 アライド・ブレインズ(株)では 肢体障害者用入力システム「Pete」を開発しています。 Peteを使えば、 手足に重度の障害がある人でも Windows上で文章を作成することができます。
Peteの画面
このように、 モバイルコンピューティング用に開発された技術が ユニバーサルデザインの基礎技術となる例は 今後多くなってくると考えられます。
このように、 実世界指向インタフェースの研究は、もともとは 計算機画面上での計算環境を普通の紙や机の上でも実現したいといった 要求から始まったという面がありますが、 特殊な装置を使うことなく、 機械や計算機の存在を意識せずに 直感的にこれらを操作するという考え方は多くの場面で有効です。 例えば、 ドアの前に立つという単純な行動により開く自動ドアは大変便利なのと同じように、 名刺を見ると名簿データが開く計算機は大変便利でしょう。
このような、 直感的な操作にもとづく実世界指向インタフェースは 計算機操作の様々なバリアを取り除くのに大変効果的です。 たとえば、 よくできた実世界指向インタフェースにもとづく プレゼンテーションシステムでは、 表示したいスライドを投影面に向けるだけで プロジェクタ画面が投影されるかもしれませんが、 普通のPCとプロジェクタを使う場合は、 PCを立ち上げて/ プレゼンテーションプログラムを立ち上げて/ 表示したいスライドの入っているファイルを開き/ スライドを探して/ PCをプロジェクタに接続して/... のように沢山の操作と労力が必要になってしまいます。 前者の場合は誰でも簡単に使えると思われるのに対し、 現在のPCはバリアに満ちているといえるでしょう。
実世界指向インタフェースが普及すれば 様々なバリアは自然に消滅すると思われます。 たとえば電車に乗るとき、 現在は 自動改札機(=計算機)を納得させるために 券売機で切符を購入するというバリアを越える必要がありますが、 誰がどれだけ電車に乗ったかを自動的に検出する 実世界指向システムを使えば、 このようなバリアは消滅するため自然とユニバーサルデザインが 実現されることになります。
ユニバーサルデザインという考え方を提唱した ノースカロライナ州立大学のRon Maceらは 以下のように ユニバーサルデザインの7つの原則を示しています。
インターネット時代の現在、 Webのインタフェースが非常に重要になってきているので、 誰もがWebページの内容を理解することができるようにするための 注意が必要です。 例えば、<img>タグなどで画像が表示されている場合は、 その内容を<alt>タグで表現しておけば、 目の見えない人でも読み上げシステムを使って内容を知ることが できます。 たとえばW3CのWeb Accessibility Initiative (WAI)では Webページを誰もが読めるようにするための ガイドラインが提案されていますし、 Center for Applied Special Technology (Cast)の配布している Bobbyというツールを使えば Webページのアクセシビリティを検証することができます。
障害をもつ人のために 特別な機器やインタフェースを設計製造するのは 面倒ですし儲からないと考えられがちですが、 ユニバーサルデザインにもとづいた設計により 儲かる製品を作れる場合があります。 例えば、 電動アシスト自転車は 長崎や長野のような坂の多い町では沢山売れているそうです。 そもそも計算機は人間の能力を拡大するために使われるべきものです。 高齢者でも/子供でも/機械操作が苦手な人でも/障害があっても、 誰もが自分の能力を計算機によって拡大できるように なっていって欲しいものだと思います。