界面駭客日記(5) - 続: モバイル入力戦国時代 増井俊之


1月号ではモバイル機器向けの新しい文字入力手法をいくつか紹介 しましたが、その後も新しい手法が続々と発表されています。 まさに戦国時代という名前がふさわしくなってきたように思います。 携帯電話でメールを書きたいという要求は 強まるばかりのようで、 携帯電話の数字キーを使った文字入力手法が 続々提案されています。

T9日本語版

Tegic CorporationのT9という入力手法について 1月号で紹介しました。 T9では ひとつのキーに割り当てられた複数の文字を区別せずに 曖昧性を含んだまま入力を行なっていくのが特徴です。 たとえば “input” という単語を入力したい場合、 携帯電話では “i”は「4」キーに、 “n”は「6」キーに 割りあてられていますから、 「4」「6」「7」「8」「8」 のキーを順番に押します。 T9はもともと欧米言語向けに開発されたものですが、 Tegicは最近日本語版T9を発表しました。 日本の携帯電話では、 「1」キーに「あ」行、 「2」キーに「か」行... を割り当てるのが普通になっているので、 英語版と同じように 「あ」から「お」を入力する場合は「1」を押し、 「か」から「こ」を入力する場合は「2」を押します。 たとえば 「おはよう」と入力したい場合は 「1」「6」「8」「1」 と入力することになります。

日本語の単語の読みは英単語の綴りに比べると短いのが 普通なので、短い単語を入力する場合はT9の曖昧性が問題に なることがあります。 例えば、「会」 と入力するためには「2」「1」のキーを順番に押すことになりますが、 これでは「下位」のような同音語や、 「声」「恋」「希有」などのように 同じキー操作となる単語の区別が難しいことになります。 このため、日本語版T9では 最初に「かい」「こえ」などの読みを確定してから その読みに対応する漢字を選択するようになっています。 また、曖昧性を使わず、 通常の携帯電話と同じように キーを複数回押すことにより読みを指定する手法も用意されています。 Tegicは現在20ヶ国語以上に対応したT9を用意しているようです。

eZiText

eZiTextはカナダのZi Corporationが開発した入力手法で、 T9と同じように 曖昧性のあるキー操作で文字を指定していきます。 T9とどこが違うのかはZi CorporationのWebページを見る限り よくわかりませんが、 Ziのページでは これはZi独自の特許技術だと主張しています。 Zi Corporationも 各国語に対応したeZiTextを開発しているようです。

WordWise


WordWiseは、 Eatoni Corporationが 携帯電話向けに開発した入力手法です。 WordWiseでは、 T9やeZiTextと同じように、 通常の携帯電話のテンキーに印刷されたアルファベットを使い、 曖昧な文字指定を行なうことも同じですが、 余っている「1」キーを補助キーとして使うのが特徴です。 補助キーを押しながら他のキーを押した場合は 曖昧性無しに 「代表文字」が確定するようになっています。 たとえば、「1」キーを押しながら「2」キーを押した場合は 「2」キーの代表文字である「C」が確定し、 普通に「2」キーを押した場合は「A」または「B」が指定されると いった具合です。 「2」から「9」までのキーに対して “C”, “E”, “H”, “L”, “N”, “S”, “T”, “Y” が代表文字となっています。 たとえば “yes” を入力する場合は 「1」キーを押しながら「9」「3」「7」キーを 押せばよいことになります。
必ずしも出現頻度が最も高い文字が代表文字になっているわけではありません。 例えば 「3」キーに対応する 「D」「E」「F」の中では「E」が代表文字になっていますが、 「1」キーに対応する 「A」「B」「C」の中では「A」が最も出願頻度は高いにもかかわらず 「C」が代表文字となっています。 代表文字は、 曖昧性が最小になるように、 言語の統計的性質を計算して選んであるということです。 「b」も「c」も子音であり、 「bar」と「car」、 「book」と「cook」 のように、「b」と「c」を交換できることはよくありますが、 「a」と「b」を交換できることは多くありませんから 「c」が代表文字に選んであるのでしょう。 一方、「e」は他の文字に比べて圧倒的に使用頻度が高いので 代表文字に選んであるのだと思われます。 このような工夫の結果、 T9やeZiTextなどの手法よりも、 曖昧性に起因する単語選択の必要性ははるかに少なくなるそうです。

WordWiseは、 同じ単語を入力するために押すキーの数が T9やeZiTextの場合よりも多いわけですから、 T9やeZiTextよりも曖昧性が少なくなるのは当然ですが、 補助キーの押しやすさや 代表文字の覚えやすさなどによって 実際にどちらが使いやすいかが決まるだろうと思います。

ThumbScript



現在の日本の携帯電話では 同じキーを複数回押すことにより読みを指定するのが 一般的になっていますが、 一方ポケベルでは異なるキーを組みあわせて押すことにより 読みを指定するのが一般的です。 たとえばポケベルでは「x」「y」を順番に押すことにより 「Y」という読みを指定するようになっており、 このような入力手法を「ポケベル式」と呼ぶ人もいるようです。 Thumbscript Developmentが開発した ThumbScriptは、このような「ポケベル式」を英数字に 適用した入力手法です。 ポケベル式はキーの組み合わせを記憶するのが大変ですが、 ThumbScriptではキー操作を文字の形態に近づけることにより キーの組み合わせを記憶しやすいような工夫をしています。 例えば、「C」を入力する場合は、 「C」の字形に対応するように、 右上キーと右下キーを順番に押すようになっています。

TagType


TagTypeは、 Leading Edge Designの山中俊治氏が 田川欣哉氏の東京大学での卒論研究をもとにしてデザインしたキーボードで、 左右5個ずつのキーを使ってひらがなを入力できるようにしたものです。 日本語の母音と子音(五十音の行と列)を順番に指定して 読みを指定する方式は昔から沢山のものが提案されてきており、 ミサワホームのCUT KEYや 富士通のSH-Keyのように商品化されているものもあります。 TagTypeは、まだ商品化の予定はないようですが、 両手で持ちやすいように特別にデザインされている点が 特徴的かもしれません。

Half Qwerty


Matias Corporationは長年 「Half Qwerty」キーボードという片手キーボードをを提案しています。 Half Qwertyキーボードは 普通のキーボードを真ん中で折り畳んだような形式に なっており、ひとつのキーにふたつの文字が対応しています。 たとえば「G」と「H」は同じキーにマッピングされており、 補助キーを押すかどうかでこれらを区別します。 体の左右は対称的なので右手の中指操作と左手の中指操作は 感覚的に似ており、右手の中指操作を左手中指操作に置き換えて 考えるのは意外と簡単です。 タッチタイプが完璧にできる人ならば、 片方の手の動きをもう片方の手にマッピングして Half Qwertyキーボードを使うことはそれほどむずかしいことでは ありません。 Matiasは、 最近はPalmPilot用のHalf Qwertyキーボードも販売しています。 PalmPilotやPocketPCのような携帯端末では、 片手で携帯端末を持って、 もう片方の手でペンを操作するというスタイルが一般的であり、 デスクトップ計算機の場合は、 端末は固定しておいて両手でキーボードを操作するという スタイルが一般的ですが、 Half Qwertyはちょうどその中間のような方法かもしれません。 Half Qwertyに慣れてしまえば、 携帯端末でもデスクトップ計算機でも 同じ手法で文字入力を行なうことができるようになるでしょう。
よく言われるように、 最近の女子高生などは ポケベル方式で何の問題もなく文字を入力してしまいますから、 予測を用いる入力手法や曖昧性のある入力手法はあまり意味が ないかもしれません。 一方、Half Qwertyのような手法は Qwertyキーボードに熟練していない人にはあまり意味があるとは 思えませんし、 どのような機器に熟練した人がどの程度存在するかにより 文字入力の世界を制覇するものが決まるのかもしれません。
3月号でも書きましたが、 いわゆる障害者向け入力手法と モバイル/ユビキタス向け入力手法は ほとんど同じものが使えることが多いようです。 TagTypeはもともとは障害をもつ特定の個人用に 開発されたものだそうです。 いろいろな側面からモバイル入力の手法の研究が 進んでいってほしいものです。
4月初旬には米国で モバイル入力に関するワークショップも開催されるので 天下を取るべく撃ち入ってみたいと思っています。
Tegic Communications
http://www.tegic.com/
Zi Corporation
http://www.zicorp.co.jp/
Eatoni Corporation
http://www.eatoni.com/
Thumbscript Development, LLC.
http://www.thumbscript.com/
TagType
http://www.lleedd.com/tagtype/
Matias Corporation
http://www.halfkeyboard.com/
ACM CHI2001コンファレンス併設モバイル入力ワークショップ http://www.acm.org/sigs/sigchi/chi2001/ap/technical-program/sunday-workshops.html
Toshiyuki Masui
Last modified: Tue Jan 23 11:27:24 JST 2001