界面駭客日記(8) - UNIX年代記
増井俊之
ハッカーにより開発され、
専門家向けの特殊なOSだと長い間考えられていたUnixは、
一般ユーザから業務用端末まで幅広く使われるようになってきました。
LinuxやMacintosh OS Xのおかげで
目に見える形でのUnixの認知度が近年休息に高まってきていますが、
人目に触れない形の普及も進んできています。
今回はUnixの普及の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。
ワークステーションUnix時代
ひと昔前、
Unixは主に計算機の研究や開発のために使われていました。
Unixには
コンパイラ、エディタや各種のテキスト処理ツールが最初から揃っているなど、
他のOSに比べるといろいろな実験や開発が行ないやすかったため、
開発者はUnixを使ってテキストベースのプログラムを作ってきました。
また、カーネルからアプリケーションまでの
全ソースのライセンが可能でしたから、
私を含め、Unixのソースコードを読んでプログラミングの勉強をした人も
多かったようです。
当事、
パーソナルコンピュータは
ワークステーションと独立に進化しており、
計算機と関係ない仕事をしているユーザにとって
ゲームやワープロ、表計算ソフトなどが
主なアプリケーションとなっていました。
10年前のパーソナルコンピュータでは
Unixを動かすことができませんでしたが、
Unixに慣れたユーザにとっては
当事のパソコンは非常に使いにくいものだったので、
DOSマシンでも動くUnix風のコマンドを工夫して使ったり
して苦労していたものです。
PC-Unix時代
8086や80286を使った昔のIBM PC互換機では
Unixをまともに動かすことはできませんでしたが、
80386、80486などで32ビットアドレスが使えるようになり、
IBM PC互換機の上で動作する
LinuxやFreeBSD Unixのような、
いわゆるPC Unixが出現し、これにより
ワークステーションとパソコンは別物という意識がだんだん
薄れてきました。
FreeBSDが386のノートPCで走っているのを最初に見たときは
さらに驚いたものですが、現在はノートPCでUnixが走るのはあたりまえであり、
大抵の環境で動くものを見ても驚かなくなってきました。
現在では、
プログラムを自分で作る機会の多い
計算機科学関連の学生のほとんどはノートPCでFreeBSDやLinuxを
使っているようです。
本当のUnixではありませんが、
Windows環境でもUnixの各種のツールが使えるようにした
Cygwin環境も最近よく使われています。
一方、最近はパソコンでUnixを標準採用する動きも増えています。
カシオのFIVAのようにLinuxを標準装備したパソコンも販売されるように
なりましたし、
MacintoshではOS XでUnixが全面採用されたことにより
Unixのユーザが飛躍的に増大すると考えられます。
携帯端末Unix時代
数年前には、ノートパソコンでUnixを動かすのは珍しいことでは
なくなっていましたが、
NECのMobile GearにFreeBSDを移植した
「PocketBSD」を「たけむらさん」というハッカー
(*1)
が1998年に発表したときは驚きました。
Mobile Gearは80486互換CPUを登載したいわゆるDOS/Vマシンであるため
ノートパソコン用のFreeBSDが動くのはわかるのですが、
「なんとか動く」というレベルではなく、
実用になるUnixが乾電池で動く点には感心しました。
Mobile Gearはその後Windows CEベースのMobile GearIIとなったため
DOS/V版のMobile Gear(DOSモバ)は生産中止となり、
新たに入手するのは困難になってしまいました。
現在、ノートパソコンより小さな携帯マシンでUnixを使いたい場合は
WindowsCEマシンに移植されたNetBSDやLinuxを使うのが良いようです。
MIPSベースのWindows CEマシン上でNetBSDを動かす
NetBSD/HPCMIPSプロジェクトがPocketBSDを引き継いだため、
Mobile GearIIやシグマリオンを含む各種のWindows CEマシンで
NetBSDを動かすことができるようになっています(*2)。
また
LinuxをWindows CEマシンで動かす
Linux-VRプロジェクトも進んでいます(*3)。
これらの、
WindowsCEマシンでUnixを動かす方法については
Web上で詳しい解説記事も出ています(*4)。
PDAのUnix時代
キーボードはどうしても場所をとるので、
PalmPilotやPocketPCをはじめとする
小型のペン型PDAが最近流行しています。
ペン型のPDAは、持ち歩いてメモをとったりメールを読んだりという
一般的用途には便利ですが、
プログラムを書いたり数値計算を行なったりするための
機能は用意されていないのが普通で、
このような機能が必要なときに困ってしまいます。
たとえば、
歩いているとき突然新しいアルゴリズムを思いついた場合や、
複雑な計算が必要になったりした場合、
PalmPilotで実際にそれを実験することは難しいので
アイデアをかきとめるのがせいぜいです。
しかしUnixマシンを持ち歩いていればその場でプログラムを書いて
実験することができます。
PDAでもUnixが動けばこのように要求にも柔軟に対応できますから、
最近はペン型PDAでもUnixを使う動きが増えてきました。
現在最速のPDAと評判の、CompaqのiPAQではLinuxの上で
X Windowを動かすことができます。
iPAQで動作するLinuxとX Window System
www.handhelds.org
また、
Agenda Computingは
LinuxをOSに採用した
「Agenda VR3」というPDAの販売を開始しています。
Agenda VR3
http://www.agendacomputing.com/
シャープは米国向けのザウルスに今後Linuxを採用すると発表しましたし、
Unixは携帯端末のOSとしてもこれから普及していきそうです。
誰でもどこでもUnix時代
一般家庭で使う情報家電製品や、
バーティカル市場でよく使われる
ハンディターミナルなどでもUnix採用の動きが増えています。
日立はFlora-ie 55meという携帯型のLinux情報端末を発表しています。
Flora-ieはIBM PC互換アーキテクチャのペン計算機ですが、
ハードディスクは持っておらず、
Mobile LinuxがCompact Flashに格納されています。
Flora-ie 55me
http://www.hitachi.co.jp/Prod/comp/OSD/pc/ie/flora_ie/ch55mi.htm
バーコードリーダやプリンタをもつハンディターミナルのOSとして
Linuxを採用したDAT500という製品もあります。
少し前までは、このような小型機器でUnixを動かすということは
考えられなかったので、
機器毎にプログラム開発環境を用意したりその上でのアプリケーション開発を
行なったりするのが普通でした。
Unixが使える場合は、独自環境を構築するよいは
はるかに効率的なプログラム開発が可能になりますから、
多少無理をしてもUnixを採用する意義があるのでしょう。
http://www.4p-online.com/4p/dat500.html
IBMは腕時計にLinuxを載せたものを試作しています。
腕時計のLinuxが何の役にたつのかはよくわかりませんが、
そこまでできるのか! と驚いてしまいます。
http://www.linuxdevices.com/news/NS5153961039.html
インフラUnix時代
Unixは家庭内で今後さらに使われてくる可能性もあります。
MP3やビデオデータなどのサーバを一家に一台持っていれば
どこでも音楽を聞いたり映像を見たりできて便利です。
私は大容量ディスクを持つLinux PCを一台
ビデオと音楽専用に使っていますが、
ディスプレイやキーボードは全然使っておらず
ただのファイルサーバになっています。
「子羊ルータ」のような、
ハードディスクを持たない超小型のLinuxマシンが
家庭用意ルータとして販売されていますが、
名簿や予定表のような小さなデータを家庭内で共有したい場合は
このようなマシンを家庭内データベースとして使えば便利でしょう。
子羊ルータ
http://www.wildlab.com/
冷蔵庫や電気釜など、計算機と関係なさそうな家電製品も
今後はネットワークに接続されるのが普通になってくるかもしれません。
V-Syncは、Linuxを登載した「インターネット冷蔵庫」を試作しています。
自動車にもUnixサーバを装備し、
車庫との間で地図や音楽をコピーできれば便利かもしれません。
ブイシンクのインターネット冷蔵庫
http://www.v-sync.co.jp/r_d/net_fridge.html
家電製品や車や各種のセンサがネットワーク接続される時代、
Unixが縁の下の力持ち的に使われるようになる可能性が大きいと思われます。
ディスプレイとキーボードをもつような現在主流の計算機は、
ゲームやテレビなどのためだけに使われる、
特殊な存在になってしまうかもしれません。
Unixを使う理由は時代とともに変わってきました。
昔は主に研究開発に便利だという理由で使われていましたが、
現在は、
ソースが手に入る点、フリーで使用できる点、安定した点などが
重視されているように思われますし、
今後はただ「単にそこにあるから」使われるという場合も増えてきそうです。
形を変えながら長い間生き残ってきたUnixが今後どのように社会に
浸透してくるのか楽しみです。
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http://www02.u-page.so-net.ne.jp/ca2/takemura/
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http://www.netbsd.org/Ports/hpcmips/
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http://pc1.peanuts.gr.jp/~kei/linux-vr.htm
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http://pcweb.mycom.co.jp/special/2001/ce-unix/
Toshiyuki Masui