界面駭客日記(15) - 情報家電のコントロール 増井俊之


ビデオのようなAV製品から冷蔵庫のような白物家電製品まで、 家庭内のあらゆる家電製品がネットワークで結合されて 統合的に使われるようになる世界が 近い将来実現すると考えられます。 既存の電灯線を利用して白物家電のネットワークを構成する 規格として ECHONET(http://www.echonet.gr.jp/) が提案されていますし、 現在のところは計算機で主に使われている Ethernet, Bluetooth, IEEE1394, IEEE802.11 などのネットワーク技術を ホームネットワーク構築に使おうという HAViやJiniのような技術も数多く提案されています。 提案されている媒体やネットワーク技術は多岐にわたっていますし、 家電製品や建築物の事情により 使える技術が異なることが多いでしょうから、 ホームネットワークがひとつの技術に統一されることは あまり考えられませんが、 なんらかの形でほとんどの家電製品が計算機から 制御可能になることは間違いないと思われます。
ホームネットワークや情報家電のインフラが整備されたとき、 実際にどのような操作によって家電製品を制御するのかが 大きな問題になってくると思われます。 ビデオデッキの時刻設定や録画予約のような基本的な機能ですら、 パネル操作が難しいために有効に使われていないと よく指摘されているぐらいですから、 ネットワーク接続された 多数の複雑な家電製品を操作することは かなり難しくなるだろうと予想されます。

Air-Real

日立製作所では、 ホームネットワークで結合された情報家電機器を レーザーポインタを使ったGUIで操作する 「Air-Real」というインタフェースを提案しています。
http://www.zdnet.co.jp/news/0110/12/realpointer_m.html


Air-Real環境でクーラーのメニューを操作しているところ

上図はレーザーポインタでクーラーを指すことにより メニューを表示してクーラーを操作しているところです。 レーザーポインタで冷蔵庫を指した後でポインタをテレビに向けるような マウスのドラッグと似た操作を行なうことにより、 冷蔵庫の中身をテレビに表示したりすることもできます。 このように、レーザーポインタをマウスのように使うことにより、 家電製品に対してGUI操作を行なうことができます。

FEEL

ソニーは、2001年秋のCOMDEXにおける安藤社長の講演で、 複数の情報機器を簡単に接続するための 「FEEL」というインタフェースを発表しました。 たとえば腕時計にメールで情報が届いた後、 その腕時計をモニタの前に持っていくことにより 腕時計とモニタが接続され、 モニタに腕時計の情報を表示させることができるといった具合に、 機器を近付けるという簡単な操作をするだけで コネクションが確立してデータ通信を行なうことができるようになると いうものです。
http://www.zdnet.co.jp/news/0111/13/comdex_ando.html

実現への要件

上にあげた例のように、複数の情報家電機器を簡単に使えるように するための研究がこれからますます盛んになってくると考えられますが、 実際に普及させるためには、 実装の容易さと 操作の容易さという ふたつの点に充分注意する必要があると思います。

実装の容易さ

手持ちの家電製品を一気に情報家電製品に変更してしまうことは できないでしょうから、既存の製品に対してネットワーク的な機能を 付け加える形で徐々に普及をはかっていく必要があると思われます。 導入に必要な投資は少ないほど好ましく、 ひとつずつ導入していくことが可能である方が望ましいでしょう。 現在のAir-Realの実装では、 レーザーポインタの認識にカメラを、 メニューなどの表示にプロジェクタを使っているので かなりの投資が必要になってしまい、 実用化のためにはかなりの工夫がいりそうです。 また、FEELの場合、前述のような操作ができるようにするためには 腕時計もモニタもFEELに対応していなければならないなど、 複数のFEEL対応機器を使う必要がありますし、 あらゆる機器で使えるようにするためには標準化が問題になると 思われます。

操作の容易さ

実装の問題は時間とともに解決されるかもしれませんが、 真に使いやすい操作手法については 最初からよく考えておく必要があるでしょう。
これまでのほとんどの製品では、 個々の機器を操作することにより要求を実現するという 機器ベースの操作が普通でした。 たとえば音楽を聞くためには、 音響機器のパネルを操作したり、 付属のモコンを使ったりする必要がありましたから 「音楽を聞くこと = 音楽再生装置の操作」という単純な等式が 成り立っていました。 しかし、ネットワークに接続された情報家電の時代には 状況がかなり変わってくると思われます。 計算機がどんどん小型化しているのと同様に、 AV機器のほとんどは今後どんどん小型化し、 ユーザーの目にふれない形態になっていくでしょう。 従来のCDプレーヤやカセットデッキは かなり大きさがありますし、 CDやカセットテープもそれなりの大きさがあったので 整理/収納に苦労したものですが、 ホームネットワーク時代には MP3ファイルサーバがどこかにあればよいわけですから、 プレーヤやCDの実体はどこかに消えてしまい、 それらを直接扱う機会は減ってくるでしょう。 このような状況では、 機器やメディアを操作するのではなく、 曲や再生場所を選択することにより好きな場所で好きな音楽を聞くという、 より本質的な要求ベースの操作が重要になってくると考えられます。 機能と機器が完全に一致せず、 複数の機器を使って要求を実現させたい場合には、 従来のような機器ベースのインタフェースから脱却した 要求ベースのインタフェースを使う必要があると考えられます。

現在のユーザーは 機器ベースの操作に非常に慣れてしまっているため、 それが当たり前だと思っていることが多いようですが、 本当に使いやすいシステムは 機器の都合によらず ユーザーの要求にもとづいた制御ができなければなりません。 たとえば 「部屋の明るさを調整する」という要求を実現するには 照明機器の制御が必要であり、 照明機器を制御するためには 別の場所にあるスイッチの操作が必要になるといったように、 単純な要求であっても間接的な操作が必要になるのが普通であり、 それにあまり疑問が持たれていないようです。 この程度であればまだ良いのですが、 「ここで音楽を聴きたい」という要求を実現するために、 MP3サーバ上でファイルを検索し/ MP3プレーヤを起動し/ その出力を自分の近くのスピーカに出す/ といった操作を行なうのは かなり間接的で使いにくい操作といえるでしょう。 機器の制約にとらわれることなく、 直接的に直観的に要求を実現するための工夫が必要です。

FieldMouseによる実世界GUI

私は、 要求ベースの操作を安価に実現するために、 FieldMouseという装置を使った実世界GUIを提案しています。
FieldMouseは、 玉川大学の椎尾先生が考案した入力装置で、 バーコードリーダやカメラのようなID認識装置と、 マウスや傾きセンサのような変位検出装置を一体化したものです。 FieldMouseを使えば、 高価な機器を使うことなく、 ネットワーク接続された情報家電機器の上で、 計算機デスクトップ上と同じようなGUI操作を行なうことが できるようになります。

たとえば、 下図のような紙のアイコンとFieldMouseを使って アンプのボリュームをコントロールすることができます。 FieldMouseはまずバーコードを読み取ることにより、 ボリューム操作のアイコンが指されていることを認識します。 その後のFieldMouseの回転量を傾きセンサで検出して 音量をコントロールすれば、 ボリュームのアイコンを本物のアンプのボリュームと同じように 使うことができるというわけです。 計算機デスクトップ上のGUI操作のほとんどは、 マウスで何を指してどれだけ移動させたかを検出することにより 実行できますから、 バーコードとFieldMouseさえあれば アイコン、ボタン、メニュー、スライダと同等の機能を 任意の場所で実現することができます。


ボリュームを表現するアイコン

FieldMouseはネットワーク情報家電をコントロールする 計算機の入力デバイスであり、 各情報家電機器には依存していませんから、 実際にどのようなネットワークアーキテクチャや通信方式が 使われているかに関係なく使うことができます。 たとえば、下図のような 「CDカード」を使って選曲や音量調整を行ないたい場合、 あらゆる機器をコントロール可能な計算機にFieldMouseを 接続することにより、 選曲にはEthernetに接続されたMP3サーバを使用し、 音量調整にはHAViで接続されたアンプを使うといったことも可能です。


FieldMouseを使うことにより、 ネットワーク接続された あらゆる機器をGUIによる直接操作でコントロールすることが できるようになります。 部屋の照明を制御するためには、 別の位置にあるスイッチや調光器を間接的に操作 しなければならないのが普通ですが、 FieldMouseを使えば好きな場所で照明をコントロールすることが できるようになります。 「好きな音楽を好きな場所で聴きたい」 「好きな場所でテレビを見たい」 「明るさや音量などを直接操作したい」 といった要求をそのままGUI操作で実現することができます。

情報家電を操作する場合、 照明を暗くして音楽を鳴らす(晩酌モード)とか、 家中の電灯を消す(睡眠モード)とか、 複数の要求を一度に処理したい場合があるでしょう。 また、 18時になるとビデオ録画を開始するといったように、 実行に条件をつけることができれば便利です。 このように、 情報家電製品をプログラミングできれば 応用の幅が広がりますが、 計算機ディスプレイ上でのビジュアルプログラミングの 手法を応用すれば、 FieldMouseでこのような 実世界プログラミングを行なうこともできます。


近年は無線LAN、高速PDA、各種センサなどが手軽に使えるように なってきましたから、 既存の制御パネルやGUIにとらわれない、 全く新しい自分だけの情報家電操作システムを作ることも 不可能ではありません。 面白いアイデアがどんどん出てきてほしいものだと思います。
Toshiyuki Masui