界面駭客日記(19) - 天才プログラマを発掘せよ! 増井俊之


経済産業省の外郭団体である情報処理振興事業協会(IPA)の、 「未踏ソフトウェア創造事業」というプロジェクトが 今年で3年目を迎えています。 通産省の主導による情報処理関連のプロジェクトは、 「第五世代コンピュータ」や「Σプロジェクト」のように、 国が決定したテーマに対して 大企業から人を集めるというものばかりでしたが、 未踏事業の場合は、 10人程度のプロジェクトマネージャが設定した大枠のテーマに対して、 個人または少人数のグループで具体的なテーマを提案し、 採択されたものに対して国が支援するという形になっているため、 すぐれた能力やアイデアをもつ個人が自由に研究開発を 行なうことができるという点が今までにない特徴になっています。

テーマの採択に関してはほとんどプロジェクトマネージャの裁量に まかせられているため、 プロジェクトマネージャ独自の評価基準でテーマを選ぶことができますし、 予算の使い道もかなり柔軟なので、 アイデアは持っているが資金が無くて困っているような、 可能性をもつ若い人々にとって魅力的なプロジェクトになっています。 ソフトウェア関連分野における最近の成功例を見ると、 国や企業による大きなプロジェクトとして成功した事例よりも、 独創性のある優れた個人または少人数のグループによって 短期間で生み出されたものの方がが多いようですし、 国が主導の大規模プロジェクトが必ずしも成功していないため このような形態が考え出されたのでしょう。 未踏事業の 平成12年度の未踏事業では、 採択された55人中8人が 未踏事業の成果をもとに会社を作っており、 9人が事業化を決定するなどの結果がでているほか、 12人の方々が、それぞれの分野で 「天才」級のソフトウェア開発を行っていると評価されています。 本年度の未踏事業は4/15から5/10まで公募が行なわれ、 数十件程度のプロジェクトが採択される予定です[*1]。

未踏プロジェクトのテーマは、 OS, ネットワーク, 計算機言語, アルゴリズム, ロボット, ゲームなど多岐にわたっていますが、 ユーザーインターフェイスに関係のあるプロジェクトを、 平成12年度の成果報告[*2] の中からいくつか紹介してみたいと思います。

質問偏在型データベース環境

コロラド大学の木實新一氏は、 モバイルデータベースと拡張現実感を融合した 「質問偏在型データベース環境」という概念を提案しています[*3]。 ユビキタスコンピューティングが現実のものになると、 実世界のあらゆる場所が情報であふれて収拾がつかなくなると予想されますが、 情報に対するニーズやウォンツを質問のかたちで明示的に 場所や物理オブジェクトなどのコンテクストに貼付し、 これを利用者同士で共有することが可能な「質問遍在環境」を実現することにより、 情報過多の問題を解決しようとしています。 PDAとスマートタグを組み合わせた「質問レンズ」を使った 実験システムが現在構築されつつあります。

「質問レンズ」のイメージ

ログ情報解析支援システム「見えログ」

大量のデータの中から意味のある情報を抽出する 「データマイニング」に関する研究が盛んになっています。 データの山の中から 隠れた規則性をさがすための様々なアルゴリズムが提案 されていますが、 データを人間が見やすい形に変換することにより 人間の目で規則をみつける方法も有効です。 電気通信大学の高田哲司氏は、 インターネットのログ情報を視覚化することにより、 システム異常や不法侵入などを容易に検出することができる 「見えログ」というシステムを提案しています[*4]。 異なるフォーマットをとる複数の大量のログを解析するのは一般に困難ですが、 これらを一元的に処理し、 異常性の高い情報を自動抽出したり、 情報視覚化技術により 監視者が対話的に異常を発見しやすくしたりするシステムを目指しています。

「見えログ」の表示例

「思考のデッサン」ツール

はこだて未来大学の美馬義亮氏と木村健一氏は、 「物語のためのデッサンツール」と銘打って、 「Thinking Sketch」というシステムを提案しています[*5]。 Thinking Sketchは、 通常のお絵書きツールのもつ機能に加え、 画家による既存の絵画をもとにして新しいオブジェクトを生成し、 それを変形コピーしたり,ライブラリに登録して再利用する機能や、 既存の絵画の配色をベースにして配色のテイストを模倣・変形する機能を持っています。 また、 ライブラリに登録したオブジェクト群や,配色データなどをシステムが自動 的に画面に出すことにより,一定のテイストをもつ絵画を半自動的に作成することができます。 このように、ThinkingSketchを使うことにより、 自分の絵画テイストをマウス操作やプログラムで伝えながら、 オリジナリティのある作品を生み出すことができます。

Thinking Sketchにより自働生成された絵

モバイル仮想環境SpaceTag

香川大学の垂水浩幸氏は、 特定の位置/特定の時間帯でしかアクセスできない情報を携帯端末に配信する 「SpaceTag」というシステムを提案しています[*6]。 ユビキタス時代には いつでもどこでも情報が入手できるのがあたりまえになると考えられていますが、 逆に特定の時間に特定の場所にいないと受信できない情報を作り出すことによって 情報の希少価値を与えることができ、 それを利用した新しい応用分野が生まれる可能性があります。

SpaceTagの使用
STと表示されているものがSpaceTagで、 ユーザーはそれに近付いたときだけそのSpaceTagを 見たり取得したりすることができます。 自分で作った情報を自分の居る場所にSpaceTagとして置くことにより、 周囲の人々に情報を公開することもできますし、 時間とともに移動するSpaceTagを作ることもできます。 このような枠組により、 ある場所に行かなければ見ることができない情報を作ったり、 ゲームに応用したりすることができます。

リソース共有メカニズム「パブボード」

産業総合研究所の山本吉伸氏は、 モバイルコンピューティングの新しいサービスを可能にする 「パブボード」という装置を提案しています[*7]。 パブボードは,街角や廊下や駅,店先など公共的な場所におかれたディスプレイで, ユーザの持つBluetoothを登載の小型デバイスと連動して動作します。 ユーザの持つデバイスには リングとボタンと小さな表示装置だけがついており、 数字や文字の組み合わせることにより パブボードと通信を行ないます。 これらの装置を組み合わせて使うことにより、 他人が持っているディスプレイを借りて使ったり, 他人とディスプレイを共有したり、 用途に合わせて様々なサイズのディスプレイを使い分けたり、 自分の持っている情報を通りがかりの人に見せたりすることが できるようになります。 携帯端末や携帯電話は現在のところ完全に個人で使われる場合が ほとんどですが、 公共の場所にある表示装置をコミュニケーションに使用することにより 新しいアプリケーションが生まれることが期待されます。

パブボードのイメージ
これらの他にも沢山の興味深いプロジェクトが 未踏事業のページに並んでいます。 今年度はプロジェクトマネージャとしてアランケイ氏を招聘しており、 これまで以上に面白いテーマが集まることが期待されています。 今年度から私もプロジェクトマネージャの末席に加えていただいているので、 画期的なインターフェイスのアイデアを発掘すべく頑張っていこうと思っています。
残念ながら本号発売日には公募がすでに締切られてしまって いますが、未踏事業は来年度も継続される予定ですので、 次回ぜひふるってご応募いただけることを期待しています。 今のところは情報技術関連の大学研究室や 研究所に所属する方々の応募が多いようですが、 高校生でも分野の違う職業の方でも 面白いアイデアさえあれば開発支援を受けることができるわけですから、 このような機会をぜひ活用いただきたいと思います。
  1. 未踏事業採択プロジェクト: http://www.ipa.go.jp/ipa/press/15FY/20030905.html
  2. 未踏事業平成12年度成果報告: http://www.ipa.go.jp/NBP/12nendo/12mito/mitou12koukai.html
  3. 質問偏在型データベース環境: http://www.q-anywhere.net
  4. 見えログ: http://www.vogue.is.uec.ac.jp/~zetaka/Public/kenkyu/proj/mielog.html
  5. Thinking Sketch: http://www.sketch.jp/
  6. SpaceTag: http://www.spacetag.jp/
  7. パブボード: http://www.carc.aist.go.jp/~yoshinov/etl/pubboard/index.html

Toshiyuki Masui