界面駭客日記(24) - 続: 天才プログラマを発掘せよ! 増井俊之


経済産業省の外郭団体である情報処理振興事業協会(IPA)の、 「未踏ソフトウェア創造事業」というプロジェクトについて 6月号で紹介しました。 未踏プロジェクトは、 従来の国家プロジェクトのように 国から与えられたテーマを応募者が実施するのではなく、 個人または少人数のグループが独自のテーマを提案し、 プロジェクトマネージャが採択したプロジェクトについて 国が支援するという形になっています。

3年目の今年は私もプロジェクトマネージャとして 働かせていただいています。 私はユーザインタフェース関連のプロジェクトを募集し、 数十件の応募の中から、 提案者の若さ/提案の新しさ/実現性を重視して8件を採択しました。 プロジェクトの遂行期間はは来年春までであり、 開発計画がどこまで実現するかは未知数ですが、 採択プロジェクトを紹介したいと思います。

情報整理システム「紙」

洛西周一氏は 「紙2001」という Windows上の情報管理システムソフトを開発しています[*1]。


紙2001

「紙2001」は、 ファイル名やセーブ操作などを気にすることなく、 思いつくままにテキストを入力していくことにより Windowsでの情報管理を行なうことができる便利なソフトウェアです。 また、自分が作成した文章だけではなく、 ブラウザ上の情報もドラッグ&ドロップで メモとして保存することができるなど、 便利な機能を満載しています。 今回のプロジェクトでは、「紙」をさらに進化させる 改良が行なわれる予定です。

3次元モデリング/アニメーション生成

3次元CGやアニメーションの作成は素人にはとても難しいと 思われていますが、 東京大学の五十嵐健夫氏は、 誰でもこのような仕事ができるようにする 画期的なシステムを発表し続けています。 たとえば 五十嵐氏が開発した手書きによる3次元モデリングソフト Teddy[*2]では、 ユーザが描いた簡単な手書き曲線をもとにして 曲面をもつ3次元図形のモデリングを行なうことができるようになっています。


Teddy

今回のプロジェクトでは、 このようにして描いた人間や動物に服を聞せるシステムや、 3次元のアニメーションを簡単に作ることができるシステムを 開発する予定になっています。 これらのシステムを組み合わせることによって、 誰でも気軽に3次元CGを活用することができるようになることが期待されます。

新しい入出力デバイスによるGUIコントロール

NTTデータの小國健氏は、 マウスやキーボードのような既存の入出力デバイスとは異なる新しい 装置を用いることによって GUI操作をさらに使いやすくする方法を提案しています。 たとえば、 沢山のウィンドウを画面上に配置するGUIが一般的ですが、 ウィンドウが沢山重なりあっている場合、 後ろに隠れて見えないウィンドウの操作を行なうのは結構苦労してしまいます。 小國氏の提案するデバイスを使うと、 マウスやキーボードを使わなくてもウィンドウの重なり具合を なめらかに切換えることができるようになるため、 後ろにあるウィンドウにアクセスしたり 異なるウィンドウ間でデータをコピーしたりする操作が 圧倒的に簡単になります。 下の図は スライダでウィンドウを切換えつつ、 隠れたウィンドウ間でドラッグ&ドロップを行なっているところです。


スライダを用いたウィンドウ操作

今回のプロジェクトでは、 スライダ以外にもいくつかの装置を考案して GUI操作に役立てる実験を行なう予定です。

新しい日本語入力デバイス

リーディングエッジデインの田川欣哉氏は、 両手の親指を使って日本語を入力する装置 Tagtype[*3]を提案しています。 現在一般的な計算機では キーボードを使ったかな漢字変換を使用して文章を書くのが普通ですが、 初めて計算機を使う人や手が不自由な人にとっては、 キーが沢山あるキーボードを使うのは困難です。 TagTypeは両手の親指で操作する10個のキーで 子音と母音を入力することにより文章を入力するというもので、 ほとんど練習をしなくても日本語文章を入力することができます。


TagType

今回のプロジェクトではTagTypeの設計をさらに改良し、 量産可能な形式にまで持っていくようにする予定です。

ユビキタス環境制御装置

慶應大学の塚田浩二氏は、 指先に装着した「UbiFinger」[*4] という装置を使って情報家電装置を制御するインタラクション手法を 提案しています。 UbiFingerは、 赤外線センサ/加速度センサ/曲げセンサ/スイッチなどを 指先に装着することにより、 複雑なリモコンを使用しなくても 簡単な操作で情報家電装置を使うことができるようにしようというものです。


UbiFinger

今回のプロジェクトでは、 UbiFingerをさらに使いやすく実装しなおすことにより 本当に家庭で使えるシステムをめざす予定です。

うたごえ検索ロボット

早稲田大学の園田智也氏は 「タタタ〜♪」のような鼻歌で楽曲を検索する 「うたごえ検索システム」[*5]を用いたビジネスを 展開しています。


うたごえ検索システム

今回のプロジェクトは、 うたごえ検索システムを改良して 「パーソナルロボット」のようなエージェントが ユーザの周囲に流れる楽曲についての情報を教えてくれる システムを開発しようとしています。

ウェアラブル計算機の通信インフラ

慶應大学の永田智大氏は、 ウェアラブル計算機のユーザが 移動しながらでも周囲のサービスや装置を継続的に利用するための 基盤ソフトウェアの開発を行なう予定です。 ウェアラブル計算機や実世界指向インタフェースのアイデアは 比較的広く認知されるようになってきましたが、 実用的に使うためのネットワーク環境はまだまだです。 今回のプロジェクトでは、 ウェアラブル計算機を実用的に使うことができるような ネットワーク環境の開発をめざしています。

新しいGUIツールキット

京都大学の湯川洋平氏は、 予測入力機能・状態の継続機能・半透明による擬似3D表示などを盛り込んだ 新しいGUIコンポーネントの開発を行なう予定です。 様々なGUIツールキットのアイデアが研究されてきていますが、 実際にWindowsなどの上で活用されているものは多くありません。 今回のプロジェクトでは これらを.Netフレームワークの上で開発し、 広く使われるようになることを目指しています。
私は今回若い人の応募ばかり採択しましたが、 未踏プロジェクトの応募には年齢制限はないため、 実績のある研究者の提案が採択されやすい傾向があったようです。 若い人が採択されやすいようにするために、 年齢を30歳までに制限した 「未踏ユース」プロジェクト[*6]も始まっています。 本年度の募集は終了してしまいましたが、 面白いシステムの開発計画がある方は 来年度以降にまた応募を検討いただければよいと思います。
  1. 紙2001: http://www.ki.rim.or.jp/~kami/
  2. Teddy: http://www.mtl.t.u-tokyo.ac.jp/~takeo/teddy/teddy-j.htm
  3. TagType: http://www.lleedd.com/tagtype/
  4. UbiFinger: http://www.mag.keio.ac.jp/~tsuka/mmi/2001aut/
  5. うたごえ検索: http://www.utagoe.com/
  6. 未踏ユース: http://www.ipa.go.jp/NBP/14nendo/esp/youth.html

Toshiyuki Masui