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ソニーコンピュータサイエンス研究所
増井俊之 |
本稿では最近の情報視覚化の研究動向について解説する。 ページが限られているため、 個々のシステムや技法の解説は行なわず、 情報視覚化研究の概要及び最近の動向についてのみ述べる。
情報視覚化とは |
情報視覚化 (Information Visualization)は、 大量の抽象的な情報を効果的に計算機画面に表示することにより ユーザが情報を理解したり操作したりすることを助けるという 比較的新しい概念である。 計算機を用いた視覚化(Visualization)といえば、従来は シミュレーションによる科学技術計算の結果を画面に表示する サイエンティフィックビジュアリゼーション のことをさすのが一般的であったが、 近年はWebの発展や大規模記憶装置の普及などにより 個人でも大量のデータを扱う機会が増え、 また個人で使える安価な計算機でも大量のデータを処理/表示可能に なったことにより、情報視覚化技術に対する需要が高まっている。
サイエンティフィックビジュアリゼーションでは 視覚化の対象が物理現象であることが多いため、 物理的制約により視覚化手法がある程度決まってしまう場合が多い。 たとえば気象シミュレーションを行なう場合、 その結果は実際の地図や地形の上にマッピングして表示するのが 最も妥当であると考えられるが、 情報視覚化の場合はもともと形をもたない抽象的なデータを 視覚化の対象とすることが多いため 表示手法の任意度が大きいという特徴がある。 サイエンティフィックビジュアリゼーションの場合は 専門の科学者の利用を想定しているため 操作のしやすさは特に重視されていないが、 情報視覚化システムの場合は 一般ユーザの使用が前提であり、 またユーザが対話的に表示手法を変化させることにより 静的な表示では得られない情報も得られるようにするために、 視点や検索条件などをユーザが変化させることにより 対話的に表示を変化させることができるようになっているものが多い。
計算機インタフェースでは 様々な簡単な情報視覚化手法が実際に使われている。 たとえばディレクトリ中のファイルを扱う場合、 グラフィカルインタフェースをもつ計算機では ファイルをアイコンとして表示(視覚化)することによって ファイルを捜しやすくする手法がよく使われているが、 これは単純な視覚化の一例である。 より高度な視覚化手法を採用し、 ファイルのサイズやディレクトリ構造などの情報も含めた 表現方法を工夫すれば、 現状よりもずっと使いやすいファイルブラウザを作ることができる可能性がある。 このように、インタラクティブな情報視覚化手法や それを用いた検索手法により、 計算機の使いやすさを格段に向上させることができる可能性がある。
情報視覚化の手法 |
情報視覚化の手法としては 以下のようなものが研究されている。
対話的な情報視覚化システムでは、 表示すべきデータがユーザ操作により動的に変化するため、 表示すべき情報を画面上のどの位置にどのような形/色で表示するかを 高速かつ効果的に計算する手法が必要である。 グラフの自動配置手法、 階層構造の表示手法 などが研究されている。
画面の領域は限られているため、情報を選択的に 表示する技法が必要である。 フィルタリング手法、 重要度の計算手法、 画面を歪ませて表示する手法 などが研究されている。
直接操作により表示画面を移動/拡大させたり、 表示条件を変更して動的検索を行なったりする手法が必要である。 各種の直接操作手法や、 ズーミングとフィルタリングを組み合わせる方法 などが研究されている。
情報視覚化のトレンド |
ひと昔前は、効果的な情報視覚化を行なうことのできる計算機は 非常に高価であったため、 Xerox PARCなど ごく一部の組織のみで情報視覚化の研究が行なわれていたが、 近年は安価なパーソナルコンピュータでも実時間の3次元表示など 高度な視覚化が充分可能になったうえに インターネットの普及により各種の大規模な情報に アクセスできるようになったため、
ということができるだろう。 また、 OpenGLのようなグラフィックライブラリや Javaのようなプログラミング環境も近年非常に整ってきたため、 既存の視覚化システムを利用するだけでなく、
誰もが高度な視覚化システムを利用できるようになった
ということもできる。
誰もが視覚化システムを考案/構築できるようになった
ようである。
機能だけでなく見栄えも良い視覚化システムが増えてきた
という認識があり、 これまでの情報視覚化の研究成果をまとめた書籍が 近年いくつも出版されている。 また、前述の事情と考えあわせると
視覚化システムは既に充分研究されており実用段階に入った
ようである。この結果、 研究所や大学での情報視覚化の研究成果をもとにしたベンチャー企業が 近年いくつも起業されている。
視覚化システムやその構築ツールが商売になると考えられるようになった
情報視覚化の応用分野 |
情報視覚化の研究は従来は主に
ヒューマンインタフェースなどを専門とする
計算機研究者が中心となって行なわれてきていたため、
最初は研究者が自分のソフトウェア開発に使うために
開発したようなものが多く、
プログラムソースの視覚化システムや
デバッグ支援システムなどがしばしば研究の対象となっていたが、
その後はファイル操作や検索のように、
より一般的な計算機操作に使えるものが増えている。
一方、その間に情報視覚化技術はある程度ポピュラーになってきたため、
近年は、大規模な抽象的データを扱わなければならない各種の研究分野において
情報視覚化のこれまでの研究成果が取り入れられるようになってきている。
以下にそのような例を示す。
分子生物学で扱う大規模な遺伝子構造や分子構造は
物理的な構造を持ってはいるが、
折り畳まれたままの形では理解しづらいため、
抽象的なビット列として情報視覚化手法を用いて扱う方が
都合が良いと考えられる。
遺伝子に限らず生物情報は大規模なものが多いため、
生物情報の
視覚化ツールキット[12]
なども開発されている。
たとえば、以下の図は
木構造の視覚化手法として有名なHyperbolic Tree
[3]
を用いて真核生物の系統発生を視覚化したものである。
(真核生物の系統発生をHyperbolic Treeで視覚化したもの)
複雑で大規模なインターネットの構造や
そこを流れる大量のトラフィイックを
視覚化する試みが近年数多く行なわれている。
リンクを有向グラフまたは木構造で表現して視覚化する手法や、
地球上の実際の場所にノードをマップして
それらの間のリンクを表示する方法がよく使われる。
Caida[13]
では、ネットワークトラフィックや
ネットワーク構造など、
さまざまなネットワーク情報を視覚化するためのツールを提供している。
たとえば以下の図は
Skiter[14]
というツールを使って
ネットワーク構造やラウンドトリップタイムを視覚化したものである。
SkitterはTamara Munznerの開発した
H3[4]
という視覚化手法にもとづいている。
(Skitterによるネット情報の視覚化)
また、ネットワークのログ情報を視覚化することにより
セキュリティに問題のありそうな信号を発見する手法も提案されている
[11]。
(MieLogによるログの視覚化)
近年はデータマイニングへの
視覚化手法の応用が注目されてきつつある。
例えば
IEEE Computer Graphics and Applications誌の
1999年9/10月号は
「Visual Data Mining」の特集であった。
従来は統計処理や機械学習アルゴリズムのような
解析的手法により
データベース中の規則や知識を発見/抽出する手法が
主流であったが、
適切な視覚化を行なって人間が判断する方が
効果的な場合も多い。
たとえば、
有力な情報視覚化手法のひとつであるズーミング手法や
ネットワークの自動レイアウト手法は
データマイニングに有効である[10]。
従来の解析的手法と視覚化手法をより密に結合した
システムが今後望まれている[9]。
情報視覚化に関する最近の書籍 |
前述のように、インタフェース研究者による情報視覚化研究は
一段落したという認識があるためか、
近年情報視覚化に関する書籍が相次いで出版されている。
Xerox PARCのStuart Card, Jock MacKinlayと
University of MarylandのBen Shneidermanは、
情報視覚化に関するこれまでの文献を分類し解説を加えた
「Readings in Information Visualization」
[2]
を出版した。
情報視覚化に関する1999年より前の論文の多くが採録されている。
Ricardo Baeza-Yatesらは
最近の情報検索技術をまとめた
「Modern Information Retrieval」[1]
を出版したが、この中のひとつの章で
Marti Hearstは情報検索のための視覚化システムについての
サーベイ[15]
を行なっている。
また、
Colin Wareの
「Information Visualization」[7]
では、
入出力装置やデザインの面に重点を置いて
情報視覚化の解説が行なわれている。
情報視覚化とデザイン |
Edward Tufteは
「Envisioning Information」[5]や
「Visual Explanations」[6]
において、
情報をいかに表現するべきかについて優れた議論を行なっている。
また
Peter Wildburらは
「Information Graphics」[8]
で、地図/看板/説明書などにおいて
多様な2次元/3次元の情報をユーザにわかりやすく示すための
数多くの手法を紹介している。
このような分野は
情報デザイン、
インフォメーショングラフィックスなど
いろいろな呼ばれ方をするようであるが、
デザイナの領域であると考えられているようである。
情報をわかりやすく表現するという点では、
これらの分野は
情報視覚化と共通しているが、
情報視覚化は
動的に変化する情報や、
計算/計測により結果が変化する情報を扱うことがほとんどである点が
大きく異なっているし、
扱う情報が物理現象に対応していないことが多いという点も
大きく異なっている。
情報視覚化の分野の研究は、
動的/抽象的な情報をうまく扱うという点では成果が上がっているが、
デザイン的に優れたものは非常に少ない。
両分野の手法を統合することにより、
デザインがすぐれておりかつ大量の動的/抽象的な情報を扱える
システムの研究が今後の大きな課題となるであろう。
時間的に変化する情報を視覚化する場合、
紙や看板のように静的な表示しか行なえないシステムでは
X軸などで時間を表現する以外に方法はないが、
計算機を使えば、
ユーザが時間変化を操作しながら表示を変化させることにより
情報の時間的変化を知ることができる。
このような手法の場合、各時刻においては従来どおりの
静的なデザイン手法が使えるので、
比較的簡単に優れた視覚化を行なうことができると考えられる。
現状の問題点と今後の課題 |
情報視覚化という言葉や概念は近年定着してきたものの、
研究成果が実際に使われている例はまだまだ少ないようである。
Information Visualizerを提唱しているXerox PARCにおいても
日常の仕事にCone Treesを使ってはいないようである。
現在一般的な計算機では、
スクロールバーやウィンドウのような
単純な視覚化手法を用いたGUIツールが
あらゆるところで使われている。
現在のGUIには沢山の工夫が集積されており、
ドラッグアンドドロップのように
イディオムとして成立してしまった操作も数多く存在する。
Cone Treesでファイルを効率良く検索できたとしても、
ドラッグアンドドロップができないということであれば
一般ユーザの支持を得られないであろう。
総合的にみて現状のシステムよりはるかに優れており、
かつ既存のシステムと互換性がなければ
新しい視覚化手法を一般に普及させることは難しいであろう。
本当に日常的に使えるレベルの情報視覚化システムが望まれる。
視覚化システムのベンチャー企業は数多く存在するが、
その多くはあまり元気が無いように見えるのも
残念なところである。
前述のように、これまでの情報視覚化研究は デスクトップ計算機における 画面へのマッピング手法/ 必要なものを表示する手法/ インタラクション手法 がほとんどであったが、 今後は以下のような点に関する工夫や研究が 重要になってくると考えられる。
参考文献 |