“Designing the User Interface″は、米国メリーラン ド大学のHuman-Computer Interaction Laboratory (HCIL)の所長を長年つとめてきたBen Shneidermanによ るユーザインタフェースの教科書である。初版は1986年 の発行であるが、1992年に第2版/1998年に第3版/2004年 に第4版と6年ごとに版を重ね、世紀を越えてユーザイン タフェースの教科書の定番的地位を保ち続けている名著 である。 ユーザインタフェース技術は広い分野に関連しているた め、すべての領域をカバーする教科書を書くのは至難の 技である。入出力装置のハードウェア、効率的な開発を 行なうためのソフトウェアツール、魅力的で使いやすい 画面のデザイン技法、心理学的テスト技法のような基本 的な技法の解説からはじまり、音声/画像認識、自然言 語処理、バーチャルリアリティ、Web 技術など、ちょっ と紹介するだけでもかなりの解説が必要な分野まで含む ことが要求される。あまりにも広範な分野をカバーしな ければならないため、ユーザインタフェースに関する包 括的教科書の執筆は恐ろしい試みであり、実際ひとりの 著者によって書かれた日本語の教科書は存在しないが、 Shneiderman氏はこれに挑戦しかつ成功している点が脅 威的だといえよう。(第4版は長年の共同研究者である Catherine Plaisantとの共著になっている) Shneiderman氏は、現在ポピュラーになっている様々な インタフェース技法を早くから提唱し続けてきた人物で ある。アンダーラインつきの文字列でハイパーテキスト のリンクを表現するという見慣れた方式はShneiderman 氏が最初に開発したものであり、Webが流行する20年前 にハイパーテキストの活用法の本を書いている。また階 層的に表現できる大量のデータを効果的に表示する Treemap という手法はHCILで開発されたものである。 新規なインタフェース技法の開発もさることながら、 Shneiderman氏は新しい技術を概念として整理すること が得意な人物で、現在のGUIで標準的に使われている直 感的な操作を総称して「直接操作」(Direct Manipulation)と名付けたり、最近流行の「インクリメ ンタル検索」のような検索を総称した「動的検索」 (Dynamic Query)という名前を提唱したり、新概念をわ かりやすく紹介する技術においては他の追従を許さない。 教科書執筆者として優れた才能をもつ人物がそれを律儀 に実践している点は全くありがたい限りである。1980年 代といえば高価なUnixワークステーションでGUI(グラフィ カルユーザインタフェース)がようやく普及してきたこ ろであるが、当時からハイパーテキスト、ウィンドウ管 理、直接操作のような現在のパソコンのインタフェース の主流となっている手法を正しく解説する教科書が存在 したということがパソコンインタフェースの進化に貢献 したことは間違いないであろう。 1992年の第2版の目次は以下のようにに広範である。各 章の最後には開発者や研究者向けのアドバイスが附属し ており、実戦的に役立つ工夫がされている。 - 対話型ソフトウエアにおけるヒューマンファクタ - 理論、原則、ガイドライン - メニュー選択システム - コマンド言語 - 直接操作 - 対話のためのハードウエア装置 - 応答時間と表示速度 - システムメッセージ、画面設計、カラー - マルチウインドウ方式 - コンピュータ支援共同作業(CSCW) - 情報検索ツール - マニュアル、オンラインヘルプ、チュートリアル - 反復的な設計、テスト、評価 - ユーザーインタフェース開発環境 - 社会と個人へのユーザーインタフェースの影響 2004年の第4版は全ページがカラー図版になって以下の ような新しい章が追加されている。最近のShneiderman 氏は創造性のサポートに興味があるようなので、2010年 に発行される第5版(?)ではそういった章が追加される のかもしれない。 - デザインプロセスの管理 - ソフトウェアツール - 仮想環境 - 自然言語処理 - 情報視覚化 - Web 非常に残念なことに、本書は第2版までしか邦訳されて おらず、1995年発行の邦訳はほぼ絶版状態になってしまっ ている。新しい版の邦訳をぜひ期待したい。