増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第17回 検索と入力の素敵な関係

2008年1月11日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら)

「入力システム」という言葉を聞くとキーボードやかな漢字変換システムのことを連想するでしょうし、「検索システム」という言葉を聞くとGoogleのような検索サイトやSpotlightのようなデスクトップ検索システムのことを連想するもので、入力検索は全く別物と考えられているのが普通です。一方、辞書やWebで検索した単語や例文を自分の文章にコピペしたり、面白いサイトのURLをメールに貼り付けたり、検索結果を自分の文章作成に利用することは広く行なわれています。実は検索と入力はほとんど一体のものであると考えると両者の関係がすっきりします。

■検索と入力の関係

検索結果を自分の文章にコピペするだけで文章を作ろうとは普通は考えないかもしれませんが、POBoxのような予測型入力システムは、辞書や操作履歴からの検索結果を入力テキストに貼り付けるというのが基本機能になっているので、入力システムというよりも検索/貼付けシステムと呼んだ方が適切かもしれません。

また、ある方法で入力したテキストは同じ方法で検索ができるはずです。「masui」という読みから「増井」という文字列を入力できるシステムの場合、「masui」というパタンから「増井」という文字列を検索することができるはずです。現Googleの高林哲氏が開発したMigemoというシステムでは、「masui」という読みをもつ「麻酔」「増井」「マスイ」のような文字列を同時に検索することにより、漢字変換を行なうことなく「masui」のような読みから漢字を検索することができます。

下図はMigemoで「活発」をインクリメンタル検索しようとしているところです。検索キーワードとしてユーザが「k」を入力したとき、「界」「漢」「活」などが「k」にマッチするので最初の「界」にカーソルが移動し、「kap」まで入力すると「活発」にカーソルが移動します。


入力システムとしてPOBoxを利用しているとき、同じ辞書をMigemo検索に利用するようにすれば、POBoxで入力できる文字列は必ずMigemoでインクリメンタル検索できることになります。「John F. Kennedy」という単語を「jfk」という読みで登録しておけば、「jfk」とタイプして「John F. Kennedy」を入力することができますし、「jfk」で「John F. Kennedy」を検索することもできます。

■入力システムと検索システムの融合

入力システムと検索システムは密接に関連したものなのですが、うまく融合されたシステムはまだ世間に多くないようです。検索結果を入力に利用したい場合はコピペが必要になるのが普通ですし、Migemoのような検索手法はまだ全然ポピュラーになっていません。しかし入力システムと検索システムがうまく融合されると利点は多いはずです。

  • 無駄なステップを省くことができる

    検索した結果を入力テキストに貼り付けるのは面倒ですが、POBoxのように両者が一体化していればコピペの手間を省くことができます。

  • 入力手法を統一化できる可能性がある

    一般的な図形エディタでは、テキスト入力/図形入力/画像入力は異なる機能として実装されているのが普通です。しかし何かを検索した結果を入力に利用しているという意味ではこれらは全く同じものです。「masui」という読みから「増井」という漢字を入力する操作/「masui」という読みから「増井」の写真を検索して貼り付ける操作/「rectangle」のような読みから矩形を貼り付ける操作/は似たようなものですから同じ手法として実装してかまわないはずです。このようにすれば、必要な機能の数はかなり減らすことができるかもしれません。「hikouki」で飛行機の写真を検索して入力したり、「hikouki」という読みでその写真を検索することもできることになります。

  • 情報の流れをスムースにできる

    ブロガーも作家も研究者も、Webなどで集めた情報をもとに新しい情報を作成して公開するという作業を毎日繰り返しているといえますが、検索⇒入力⇒編集⇒公開⇒検索⇒...のような情報検索/発信サイクルは、検索と入力が混然一体となれば情報の流れがさらに効率的になると思われます。

  • 検索をアンビエントに使うことができる


    創造的な活動を行なっているときは常に何らかの検索活動がともなっているはずです。普通の人間は脳内で検索を行ないながら創造的活動を行ないますが、計算機上の作業結果をもとに自動的に検索を行なってユーザに提示するRemembrance Agentというシステムや、これにインスパイヤされたと思われるMicrosoftのImplicit Queryのような手法を利用すれば、暗黙的に検索を行ないつつ創造的活動の支援が可能だと思われます。プログラミングのように創造的と考えられている分野でも、最近はかなりの部分をコピペプログラミングですませることができますから、検索とプログラムの入力は切り離せないでしょう。

このように検索と入力の融合には多くの利点がありますが、現在のところこれらは全く別物として扱われていますから、すぐに融合することは難しいと思われます。実際、ATOKはWeb検索などを日本語変換システムと融合する機能を持っていますが、この機能を活用している人はほとんど見たことがありません。このようなATOKの機能はすぐれたものなのですが、検索機能と入力機能を融合する方法がまだ一般ユーザには受け入れられる状況になっていないのでしょう。高度な検索と入力をいきなり融合するのではなく、既存の文書を予測変換の辞書として利用するといった無難な方法から始め、徐々に検索と入力の融合をはかっていく必要がありそうです。

Webで検索した情報をそのままコピペしてレポートにしたり、Webで検索した文章を盗作して発表したりといった話が最近よく問題になっています。検索したデータを自分のものとして発表するのはケシカランという意見が今のところ圧倒的ですが、検索と入力の違いが曖昧になりつつある現状を象徴しているような気もします。検索と入力は異なるものだと誰もが思っているのでこういうことが問題になるわけで、検索可能な情報は再利用されるものだという認識があれば、さほど腹もたたないかもしれません。

ネット上のデータにアクセスすることとダウンロードするのに大きな違いはありませんし、他人のデータを公開することと他人のデータのURLを公開することの区別も大きくないかもしれません。データを検索することとその内容を公開することも似たようなものと考えられるようになるかもしれません。青空文庫のテキストを辞書として予測変換で小説を書いたらそれは誰の作品になるのでしょうか。データの検索と作成の違いは今後ますます曖昧になってくることでしょう。検索と入力が融合していくにつれ、様々な新しい問題も出る可能性はありますが、長い目で検索と入力の融合の工夫について考えていきたいと思います。

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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