増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第18回 発見人生

2008年1月26日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら)

毎日楽しく暮らすことは人生の目標ですが、贅沢をすれば楽しく暮らせるというものでもありません。どんなに美味しい食事や酒でも繰り返し同じものを飲み食べしていたらすぐに飽きてしまいますし、どんなに素晴らしい景色でも毎日眺めていると飽きてしまうでしょう。美食を楽しむという行為や旅行を続けるという行為自体に飽きてしまうかもしれません、良いものを見たり食べたりすることはもちろん重要ですが、変化や驚きも大事です。予定通りの休みは待ち遠しいものですが、思いがけず休みがとれたりプレゼントを貰ったりするのはさらに嬉しいものです。喜びの量は期待に対する相対的な値として得られるものなので、期待の量を制御することによって喜びを増大させる期待工学も研究されています。

感覚は経験に大きく左右されます。歳をとると時間の経過が速く感じられたり、帰り道が行きの道より短く感じられたりするのは、新しい経験が減るからでしょう。繰り返しの多い圧縮可能な人生を送っているとあっという間に時間が過ぎてしまいますから注意しなければなりません。生活に繰り返しが多くなってきたと感じたときは引っ越したり転職したりすると時間が長く感じられるようになります。

財力があっても工夫が足りなければ満足することはできませんが、金が無くても毎日新しい発見があれば楽しく満足した暮らしができるはずです。新しいことが好きで好奇心が衰えない人は歳をとってもボケたりせずに元気に生活しているように見えます。楽しく面白い人生を送るためには財力よりも発見力が重要だと思われます。

Web上には新しい情報があふれているので、工夫次第で毎日かなりの面白い発見をすることができます。まったく手がかりなしに面白い情報を捜すのは難しいので、ソーシャルブックマークシステムのような手軽な情報共有システムを利用したり、面白いブログのRSSを講読したりして情報を捜すことがよく行なわれていますが、このような方法で情報収集を行なうと情報の一極集中が起こりがちです。Webによって情報伝達の距離が消えてしまった現在、似たような趣味や意見をもつ人達が簡単に集まることができますから、その集団の中だけの意見が構成されてしまいがちです。

同じグループで意見がかたまってしまう現象はGroupthinkと呼ばれており、これによって様々な不具合が生じることが知られています。Groupthinkによって間違った結論が導かれたりイノベーションが阻害されたりすることは多いようです。面白い情報を捜すときはこの弊害はそれほど深刻ではないかもしれませんが、もっと面白い情報をみつけるのに失敗する可能性は高くなってしまうでしょう。

新しい情報を捜したり新しい体験に挑戦したりするのは骨が折れるものですが、私は最近、Wikipediaページをランダムに表示するスクリーンセーバを利用して新しい情報を発見する実験をしています。Wikipediaにはおまかせ表示というリンクが用意されており、これをクリックするとランダムなページが表示されるようになっています。自動的にこれが表示されるようにしておけば、常に自分が知らない新しい情報が身の回りに表示されていることになるため、頭のリフレッシュにとても有効です。自分は何もしなくても面白い情報がテレビのように勝手に表示されるという受動的な仕組みは不精者にも最適です。一見矛盾する「受動的」と「発見」が楽しい人生のキーワードになるかもしれません。

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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