(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら)
2年ほど前に電子工作再発見という記事で最近の電子工作ブームについて解説しましたが、電子回路のような機械の中身部分だけでなく、筐体でもメカでも何でもかんでも自分で作ってしまおうという「パーソナル・ファブリケーション」という考え方がトレンドになりつつあります。
パーソナル・ファブリケーションとは、MIT教授のNeil Gershenfeld氏がものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明けという著書で提唱しているものです。
従来は個人の工作と言えば市販の板や棒などの素材を曲げたり削ったりして加工するのが普通でしたが、最近は光硬化樹脂や石膏パウダーなどを重ねて3次元物体を作りあげる「3次元プリンタ」や、アクリルや木の板を任意の形に切り抜く「レーザーカッター」などといった新しい工作機械が普及しつつあり、従来は工作が困難だった物体を作ることができるようになってきました。このような機器を活用することによって、これまで不可能だったような工作も個人でやってしまおうというのが「パーソナルファブリケーション」です。
3次元プリンタは20年以上前から大企業などで使われていましたが、設備や維持費が大変なので小規模な組織ではほとんど利用されていませんでした。しかし最近は安価な3次元プリンタやレーザーカッターの普及が進んでおり、プロトタイピングなどに広く利用されるようになってきました。
とはいうものの、これらの価格はまだ乗用車並であり、メンテナンスも大変なので、普通の個人が趣味で買えるようなものではありません。そこで、このような機器をとりあえず個人が使ってみる場所を提供しようという「FabLab」(ファブラボ)という運動が盛んになってきています。
FabLabとは、誰もが簡単に工作機械を使ってパーソナル・ファブリケーションを実践できる環境を広めようという運動です。現在世界各地に数十箇所のFabLabが設立されており、日本では慶應大学の田中浩也氏が中心となって2011年6月にFabLab Kamakuraが立ち上がる予定です。
FabLab Kamakura
FabLab JapanのサイトではFabLabは以下のようなものだと述べられています。
ファブラボとは、3次元プリンタやカッティングマシンなどの工作機械を備えた一般市民のためのオープンな工房と、その世界的なネットワークです。「Fab」には「Fabrication(ものづくり)」と「Fabulous(愉快な、素晴らしい)」という2つの意味が込められています。ファブラボは、次世代のものづくりの「インフラ」だといえます。インターネット(というインフラ)が普及することによって、誰もが自由に情報発信することができるようになったように、ファブラボ(というインフラ)が各地に普及することで、誰もが自由にものづくりを行えるようになることが期待されています。そして、いずれは3次元プリンタやカッティングマシンが一家に一台普及する時代がやってくると考えられています。
生活に必要なものはすべて店に売っていると我々は考えてしまいがちですが、パソコンやインターネットの普及によってそれまで考えられなかった世界が広がったことを考えると、新しい工作技術の普及によって、現在は想像もできないような応用が広がってくることは充分考えられます。また、必要な製品が充分に供給されていない世界では、ひとつのFabLabの存在が万人の福音となるでしょう。
田中氏のレポートによれば、人口200人ぐらいのインドの小さな村に設置されたFabLabでは、村人がWiFiアンテナを作ったり、自転車を改造して発電機を作ったり、衣食住すべてにFabLabを活用しているということです。
パーソナル・ファブリケーションがあたりまえになれば、自分で料理を楽しむ感覚で、必要なものを自分で作ってしまうようになるかもしれません。パソコンがはじめて出現したときはコンピュータはマニアのものと考えられており、そんなものが各家庭に普及するなど考えられませんでしたが、現在は誰もが日常生活でパソコンを活用するようになっています。パーソナル・ファブリケーションはまだまだマニアの間で話題になっている状況ですが、近い将来パソコンのように多くの家庭に普及することを期待したいと思います。
2007年から連載してきた「界面潮流」は今回が最終回になりますが、インタフェースの進化を今後もウォッチしつつ情報を発信していきたいと思っています。