Saturday, April 10, 2010
パクりの思い出
たとえば の 氏のケースが思い出される。 氏は10年前ぐらいに というシステムの開発で一世を風靡したものだが、このアイデアを という会社が勝手にパクって という名前のゲームとして販売した。 氏は当然抗議したのだが結構モメてしまい、 決着がつくのにかなり時間がかかったと聞いている。 氏は当時 の だったからそれほどモメなかったようだが、もし 氏が と関係なかったらバックレられたかもしれない。
また、 の 氏のシステムも同じようにパクられたことがあるらしい。 氏は5年前ぐらいに というシステムの開発で有名になったが、このアイデアを という会社が勝手にパクって という名前で販売していたらしい。 氏のケースによく似てるわけで、 面白いシステムのアイデアを勝手にパクって商品化するということはよくあることなのかもしれない。 このトラブルについては2年ぐらい前に決着がついたと聞いている。
何故こういう話を思い出したかというと、私が昔開発した というシステムが という会社にパクられて という名前で商品化されてたことを思い出したからである。 の社長の 氏は知らない仲でもないのでひどい話だと思ったのだが、 どうせ商売にならないだろうと思って放置していたら、1年もたたないうちに という会社に売却されたようで、 現在もサービスは運営されているようである。 自分が最初に考案したサービスのアイデアが勝手にパクられて勝手に転売されているのは全く愉快なものではない。 特許などを取っているわけではないので怒る筋合いではないのかもしれないが、 もう少し仁義について考えてもらいたいものである。
(これは伏字.comのサービスをブログで利用してみた例であり、 内容についてはあまり気にしないで下さい)
Thursday, July 16, 2009
フリップチャート
外国の会議などでは、 イーゼルのような台に大きな紙を束ねたものを載せた「フリップチャート」というものがよく使われている。 ホワイトボードより便利かもしれないので、日本で買える製品を調べてみた。
- コクヨの「イノゲート」
本体の左右にも紙を吊るせる。5万円以上。
- 3Mの「イーゼルパッド」
上辺にノリがついた巨大なポストイット。20枚で3000円ぐらい。
イトーキのイーゼルは4万円ぐらい。
-
IKEAのおもちゃイーゼル
3000円ぐらい。ロール紙が使える。
Tuesday, June 16, 2009
伊東豊雄氏のデザインデシジョン
インスタレーションに使う風鈴のデザインを議論してたとき、 風鈴の音をどこで鳴らすかが問題になった。 風鈴にメカをつけるのは難しいから天井で音を鳴らしたいと田川氏が主張したところ、 それじゃインチキ臭いと言って納得しない人がいてしばらくモメていたのだが、 伊東氏が登場して「風鈴がその場で鳴るなんて普通すぎるよネ。違う場所で鳴るのは面白いじゃないの?」と言ったら 「そうですよね。やっぱ天井ですよね〜」と全員納得してしまったらしい。
一見、大物が謎の発言で煙に巻いたようにも聞こえるが、 デザインとエンジニアリングのバランスを熟知している伊東氏だからこそ一瞬で正しいデザインデシジョンが可能であり、 またそれを全員に納得させるうまい説明が可能だったということなのだろう。 伊東氏のデシジョンで話がうまくまとまったことは他にも何度もあったそうである。
Friday, May 22, 2009
Web端末の利用状況を想像する方法
現代社会では多くの人が腕時計を持っているし、街中のあちこちに時計が設置されているが、 仮にWeb経由でないと現在時刻を知ることができない世界であったならば、 すべての時計はWeb端末やネット接続されたサイネージだということになるわけだから、 現在の時計の使われ方を調べれば 将来のWeb端末の使われ方をある程度想像できることになる。
- どこにでもある
- 誰もが持ち歩いている
- 非常に安いものから高級品まで様々な種類のものがある
- 壊れにくく、壊れてもあまり困らない
- 簡単に貸し借りできる
- 使い方はほとんど自明である
Wednesday, April 01, 2009
論文査読の落とし穴
まず、 査読者が理解できない論文は掲載されない という問題がある。 トンデモ論文が掲載されないのは良いことかもしれないが、 査読者の理解をはるかに越える素晴らしい論文が掲載されないというのは困りものである。
まぁこういうことは滅多に無いのでかまわないのだが、もっと身近なものとして 自明なことを述べた論文は掲載されない という問題があると思われる。 自明なものを論文として発表する意義なんか無いと思うかもしれないが、 「原理が複雑であまり便利でないシステム」の方が論文として 発表されやすくなってしまうのは問題である。 このようなシステムでも、真面目に評価して統計処理などを行なうと論文として格好がつくので、 良い査読結果が得られる可能性が高くなる。 この結果、全然役にたたないシステムが沢山論文として発表されてしまうことになる。 これだけだとまだ良いのだが、 査読で落ちた「原理は自明だが便利なシステム」が再発明され、 別の学会で発表されてしまう可能性があるのはさらに問題である。 この場合、再発明した人物がその手法の発明者として記録され、 最初に発明した人物は埋もれてしまうことになる。
こういう問題を解決するのは簡単で、 論文の発表とその評価を分けてしまえば良い。 論文を書いたらすぐそれをWebにアップし、読者に評価をまかせてしまうわけである。 実際、書籍の場合はこういうシステムが確立している。 お金があればどんな書籍でも作って売ることができるが、 売れ行きや各種の賞といった様々な評価基準も存在する。 論文もこれに近い方法で公開/評価を行なうことにすればいいだろう。
このような方式を採用するのに障害となるのは、 学会や論文誌の権威性 である。 大昔は発表媒体としての論文誌に意義があったかもしれないが、 現在では学会での論文発表は論文の権威づけという意義しか残っておらず、 論文誌の講読者数より投稿者数の方が多いのではないかという説が出るぐらいである。 権威づけ機関としての学会の立場を維持しつつ、 査読にまつわる問題を解決するようなうまい方法が求められているのだろう。
Sunday, March 08, 2009
遠くから見た色と近くで見た色
遠くから見た色と近くで見た色が異なるというのはかなり奇妙な話であるが、色盲に特有の現象なのだろうか? それとも同様の現象は誰でも経験するものなのだろうか?
Tuesday, March 03, 2009
原島先生最終講義
ちなみに3/11に 研究室公開 があり、違う話題で講演をされるそうである。